「こっちだって、何も君たちを退場させたくてやってるんじゃないんだ。これが仕事なんだ。わかってほしい」
そしてこう続けた。
「以前、この裁判所の法廷内の審理の様子をこっそり録画した人間がいた。その動画がユーチューブに上げられた。担当裁判官は当然怒った。今は、眼鏡のつるにカメラが埋め込まれていることだってある。そこまでされたらこっちはもうお手上げだ。君たちを信じるしかないんだ。頼むよ」
間もなくステファニーが戻ってきてこう言った。「うちのエディターに電話してもらったけど、結局、罪状認否の審理が終わってから、裁判所の受付に抗議文を提出しろと言われたって。終わってからじゃ遅いんだけど」と悔しそうだった。
「でも、抗議文を正式に提出したという証拠を残すためにも提出はする」と彼女。
「ステファニー、今回、あなた自身がニュースの一部になったね」と言うと「まずいよ」と彼女は言った。「AP通信の記者たる者、絶対に自分がニュースの一部になっちゃいけないんだよ。うちは特にそういうの厳しいから」と言った。
「もう遅いよ。抗議文のことはみんな当然記事に書くから、腹をくくらないと」と声をかけると「そうだよね。今回ばかりは我慢できなかったし」と彼女は言い、すっくと立ち上がって、大声で全員に聞こえるようにこう言った。
「みんな、私のステファニーのスペルはphじゃなくてfだからね。くれぐれも表記を間違えないように。私ニュージャージー出身だからこだわりが強いからね」と言うと「私はブルックリン出身でphのステファニー」や「自分もジャージー出身だよ」という声が部屋から上がった。
その時、部屋の外に出ていたスポーツ専門メディアのジ・アスレチックのサム・ブラム記者が戻ってきて「一平が歩いて法廷に入ったのを見たよ。白シャツ、ダークスーツ、ネクタイなしだった」と言った。「一平」という言葉で水原氏を形容する彼は、水原氏と取材で頻繁にやりとりしてきたMLB記者のひとりだ。
すると「え、オオタニが入ってきたの?!」という声が響き、すぐに「あ、間違えた。ミズハラだった」という声がした。小さな笑いが部屋の中に起きた。
被告を「一平」と呼ぶ人がいる一方、水原という名前がすぐにぱっと出てこなくてとっさに「オオタニ」と言い間違えてしまう人。そんなさまざまな立場の記者たちが同席していた。そんな多様なLAの記者たちに共通しているのは、ほとんどの人間が、地方の小さなメディアの記者から出発して、転職を繰り返し、大都市のLAで仕事をする記者になったという点だろう。
回収した署名用紙の名前を全部数えて、隣の人に数をダブルチェックしてもらうと、全部で46人の署名が集まったことがわかった。室内にいたほぼ全員が署名していた。