「ノット・ギルティー(無罪)」。水原一平被告が法廷でそう声を発した5月14日。報道陣は、ひとりも法廷に入室を許されなかった。あの日、ロサンゼルス(LA)の裁判所で何が起きていたのか、在米ジャーナリストが伝える。
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「鞄の底に小さな乾電池が二つ入っているのが画面に映ってる。すぐ出して」
水原氏の罪状認否の日の朝、米連邦地方裁判所の入り口で荷物検査のX線探知機を操作していたセキュリティー係員にそう言われた。
かなりチェックが厳しい裁判所だなと思いつつ、6階にエレベーターで上がり、法廷640号室に向かった。
すでに40人ほどの日米の報道陣が法廷の扉の前に集まっていた。「皆、勝手に扉の近くに行かないで。ここに列があるからちゃんと並ぼうよ」と全員に呼びかけて、列が扇状に広がらないように、統制を取る米メディアの記者がいた。
午前11時頃、例のセキュリティー係員がやってきて「君たち、携帯の電源は必ず切って。法廷内で電源を切らなかったり、携帯を手で触ったりした場合は、即刻退場だ」と警告した。
その瞬間、ほぼ全ての記者たちが手にスマホを握りしめていた。法廷内での録音や撮影が厳禁なことは全員が承知の上だ。
すると今度は別のセキュリティー係員がやってきて「これから報道陣は全員、別室に移動してもらう」と言った。てっきり、別の広い法廷に水原氏の罪状認否の場所が変更になったのかと思い、すぐに全員が係員に続いて別の部屋に入場した。
スマホの電源を切って中に入ろうとするとAP通信で犯罪事件を担当するステファニー・ダジオ記者に会った。
「前回は、水原容疑者が保釈金を1ドルも払わずに保釈されたカラクリを指摘してくれてありがとう。助かった。皆があなたの記事を参考にしていた」と声をかけると「まあ、うちは速報だから、そういう役回りになるんだよね」と彼女は答えた。
ステファニーの手にはノートと黄色いシャープペンシルが握られている。法廷内でペンのインク切れが起きたら困るからペンは使わない。録音が一切許されない法廷内では、一言一句、被告人と判事の発言を正確に書き留める必要がある。1秒でもロスしないためにインク不要のシャーペンを選ぶのだ。
傍聴席に報道陣が座ると、セキュリティーの係員の男性が「君たち報道陣には、この部屋で傍聴してもらうから」と言った。