抗議文を裏返して、そこに名前と自分が記事を寄稿する媒体名を書き、次の人に渡した。みんなが黙々と署名し、まるでリレーのように、次々に紙が人々の間を回っていく。
しかし、審理開始時間までもうあまり時間がない。「何枚か紙を同時に回さないと間に合わないよ」とステファニーに言うと「わかった」と言って、彼女はさらに3枚ほどノートの紙を引きちぎって通しのページ番号を書き、部屋の反対側のベンチ席の記者たちにも配った。
その間にスポーツ専門媒体のESPNの調査報道記者、ティシャ・トンプソン氏が白いジャケットを着て、扉から入ってきた。
「あ、ESPNだ」と誰もが気づいた。
韓国・ソウルでのドジャース球団の開幕戦直前、水原氏と独占電話インタビューを行ったトンプソン記者。日本でもその存在は今や有名だ。
彼女の記事が、水原氏の違法賭博関与と、彼が大谷翔平選手の銀行口座から約26.5億円を胴元側に不正送金していたことを明らかにする大きなきっかけだった。
ワシントンDCを拠点とする彼女が飛行機に乗ってLAにやって来るほど、今回のこの審理は注目されているわけだ。
するとステファニーがまた部屋の外に出て行った。「エディターにもう一押ししてもらう」と言い残して。
「私たち、罪状認否の審理が始まる前に、判事と直接話せませんか? 直接取材できなくちゃ意味がない」と記者の誰かが声をあげると、セキュリティー係員の男性は「判事に直接会いたければ、判事の部屋に電話してもらってかまわない。君たちの自由だ。だが、判事が君たちに会うかどうかは判事の判断だけど」と返答した。
その直後に「君! 今すぐ退室して!」という鋭い声が響いた。セキュリティー係員が指さしていたのは、遅れて入ってきた背の高い女性記者だった。「スマホを触っていたね。退室だ」。そう言われて彼女はすぐに「はい」と言い、荷物を持って退出した。
ピリピリした空気が部屋中を包む。
セキュリティー係員の男性は部屋の全員に対して、おもむろにこう言った。