一方、「判事が法廷で公に嘘をつくことはあり得ないよ。それをやったら職業的自殺だ。恐らくセキュリティー係員の独断で、僕たちは閉め出されたんだろうな」と言う記者もいた。
また、途中で退場を命じられた記者を見つけて声をかけると彼女は「恥ずかしかった。私がつい、スマホをいじってしまったのは事実だから、私が悪いんだけど」と言った。
今回は、ロサンゼルスではよく知られたフリーランスの法務専門記者のメーガン・クニフ記者も裁判所の入り口の前で、水原氏を報道陣が囲んでいるのをビデオ撮影しており、その映像をX(旧ツイッター)にさっそくアップしていた。
そしてその頃にはすでにステファニーが書いた記事がAP通信のサイトにアップされていた。
全米のテレビ、新聞、ネットなどあらゆる媒体で水原氏の出廷の記事が報道される中、唯一、LAタイムズ紙だけは、翌日になるまで水原氏の記事を掲載しなかった。
そして翌日の午前10時近くになって、やっとLAタイムズが掲載したのは、何とステファニーが書いたAP通信の記事だった。
つまり、ロサンゼルスという大都市の地元最大の新聞が、地元最大の事件のひとつである「合衆国vs.水原」の取材に自社の記者を送らず、独自取材をしなかったということを意味する。
同紙の調査報道部門は、水原氏の違法賭博関与を最初にスクープした実力があるのに、だ。
LAタイムズは今年1月下旬に115人の記者をコストカットと称して大量解雇している。解雇された中には、エンゼルス球団の番記者として、大谷選手を取材してきたサラ・バレンズエラ記者も含まれていた。つまり、LAタイムズはすでに危機的状態なのだ。
「この国では、ジャーナリストたちは炭鉱労働者よりも、速いスピードで職を失っています。カンパをお願いします」というお馴染みのメッセージがLAの公共ラジオから流れてくるのを聞きながら運転してLAダウンタウンを後にした。
このLAで、水原氏の「歯の治療費」にかかった6万ドル(約930万円)以下の年俸で働いているジャーナリストたちは多数いる。
それでも、民主主義の一端を担う仕事である報道を選んだ矜持は誰もが心の底にひっそりと宿している。46人が署名した手書きの抗議文に対する返信が、翌5月15日、米連邦裁判所のカリフォルニア州セントラル地区の裁判長から正式に発表された。
「今回は“行き違い”によって報道陣が別室で審理を聞くことになってしまった。今後、このようなことが起こらないようにする」と書かれていた。
(ジャーナリスト・長野美穂)
※AERAオンライン限定記事