沖縄勤務以来、家族ぐるみで親交を深める大西正子(94)と。大西は一家の多くが沖縄戦の犠牲に。逃げる際に艦砲射撃に遭い、自身も足を負傷。戦後長年、その経験を修学旅行生に伝えてきた(撮影/高野楓菜)

「私たち」でなく「私」で語る 苦しいけれど楽しい日々

 ある休みの日、東京郊外の昭和記念公園にドライブしたことがある。その帰り、車内のNHKラジオで新潟県中越地震の速報が流れた。

「その途端、ワーッて車を飛ばして、家の前に着いたら、もう飛び出て、すぐに局に行くんです。私と子どもを車に置いたまま」

 いつも家族一緒で、子煩悩な彼からは想像もつかないエピソードだ。とにかく当時は間違いのないように。迅速かつ一歩一歩。武田は振り返る。

「それでも間違えるんですけどね。積み重ねていって、いざという時『武田に任せよう』って言ってもらえるように。そう思って続けていました」

 NHK番組「NHKスペシャル」「クローズアップ現代+(プラス)(当時。『クロ現』)」を担うように。

「『クロ現』の番組を統括する中村直文君から、たくさん学びました。彼からは『一人称で語ってください』って繰り返し言われた。『私たち』ではなく、『私』と言ってください、と。そうすればそれは武田さんが感じたこと。ファクトになる。それが一番強い」

 現在も両番組を統括するNHKメディア総局、NHKスペシャル事務局の中村直文(54)は当時を回想する。

「武田さんに『クロ現』を担当していただく前、国谷裕子(ひろこ)さんが長年キャスターを務めていましたが、突然、キャスターが交代する事態が生じ、現場は混乱。番組自体が存続の危機にありました。武田さんに背負ってもらいたいことは山ほどありました。手探りで、本当にイチから一緒に立ち上げました。おこがましいですけど、戦友みたいな関係だと思っています」

 トランプ大統領誕生の米国、地震1年後の本、復帰45年の沖縄。武田は常に、現場で伝えた。

「政界を揺るがした森友・加計問題も、『クロ現』は積極的に取り上げました。ちゃんと向き合わないと、我々の仕事は終わってしまう」(中村)

 番組として取り上げることが難しいテーマもあった。だが、中村は言う。

「武田さんは前向きに勝負してくれる人。厭わずにやっていただいた。国谷さんもそうですが、武田さんは自分が関わる番組に対し、取材マインドや、つくる過程への関心が強い方だと思います」

 NHK看板アナが退局! その一報に驚いたのは記憶に新しい。2023年2月末、武田は組織を飛び出した。それは直前の2年間、大阪放送局へ赴任した経験が影響していると武田は明かす。

「地域の社会起業家を紹介する企画があったんです。仕事やNPO活動を通じ、身近な社会を良くしていく。そんな人が大勢いることを知りました」

 自分のできる範囲で確実に社会を変えていく姿が眩(まぶ)しかった。もっと自分にできることが見つかるはずだ。こうして武田は、民放の世界へ。山里亮太とツートップMCを務める「DayDay.」が始まった。番組の総合演出を担う日本テレビコンテンツ制作局専門部次長の大橋邦世は、こう語る。

「2人の関係が絶妙です。武田さんが信頼感と安心感をもって構えてくださっているので、山ちゃんがあちこち動ける。お互いリスペクトしているようです」

1月20日、沖縄気象台の防災気象講演会に登壇。過去の自身の経験や、能登半島地震の最新リポート、住民が自ら命を守るための情報を集めることの重要性などについて伝えた(撮影/高野楓菜)

 大橋が日々驚くことがある。武田の勉強姿勢だ。

「たとえば最近話題になった『マルハラ』問題を番組で取り上げた際、句読点に関する国語学者の本を読んで臨んでくださった。オンエアにすぐ反映されるわけでなくても、番組として安心感をもって臨んでいける。また、エンターテイナーな側面も垣間見え、今後の展開が楽しみです」

 武田は語る。

「番組を日々、どう良くし、自分がどうあるべきか考えています。勉強は苦しいんですけど、じつは、人生の一番良き時代を過ごしていることが最近、わかってきました。この先、成功するかわからない。でも楽しいんですよ。苦しいですけど」

 かつてバンドで共にシャウトした児成も、「クロ現」で切磋琢磨(せっさたくま)した中村も、そして妻・陽子も、「今が一番、本来の彼らしい」と評する。現場にかけつけ、ひざを突き合わせて声を聞く。喜怒哀楽を豊かに多彩なジャンルと向き合い、日々を存分に楽しんでいく。

 閖上での取材日の夕暮れ、あんなに強かった風はいつの間にかやんでいた。取材の最後、凪(な)いだ海を眺めながら、武田はつぶやいた。

「この風景が、すごく好きなんです」

 この先も、この地に、きっと来る。伝える、繋がることを命題として、あれこれ手を拡げずに、できることから彼は始めていく。

(文中敬称略)(文・加賀直樹)

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