どうせ変わらない
瀬地山さんはこう続ける。
「これは日本で言うと、『60年安保』で政権がひっくり返ったような感じだと思います」
学生運動が「敗北」した後、自民党の長期安定政権が築かれた日本と、運動の結果、民主化をもぎとった韓国や台湾。韓国では1990年代に30代で、1980年代の民主化闘争に関わった1960年代生まれのことを「386世代」と呼ぶ。この世代が今、韓国社会の60歳前後だ。
「韓国や台湾で今も政権交代が起きるのは、軍事独裁政権に対して自分たちが闘い、直接選挙制度を勝ち取った歴史の肌感覚があるからだと思います。運動によって社会は変えられるということを人々は信じているんです」(瀬地山さん)
政治運動や社会運動の担い手不足や高齢化が日本では指摘されているが、台湾や韓国ではそうした問題は起きていない。次から次に若者が加わるからだ。
「近年も韓国では『ろうそくデモ』、台湾だと『ひまわり運動』のような大規模な社会運動が起きており、その都度、社会運動の価値を共有できる支持層が若返るんです」(同)
自分たちの手で社会を変えられる実感、それは希望につながる。日本では、声を上げてもどうせ変わらない、という実感が増すばかり。それが若者の投票率の低さに顕著に表れている。瀬地山さんは言う。
「2015年の安保法制の時も、あれだけ運動が盛り上がれば、韓国や台湾では政権交代という形に結びつくはずです。ところが日本の場合、民主党政権が崩壊して以降、政権交代という選択肢はほぼないと人々は思っています。今も裏金問題で自民党の支持率が下がっても野党が伸びないのはそのためです。民主主義の質の維持という面では政権交代が頻繁にあるのは極めて重要な要素だと思います」
一方で韓国、台湾、日本の共通の課題は少子化だ。韓国、台湾ともに出生率は日本よりも低い。その要因の一つに「教育熱の高さ」がある、と瀬地山さんは指摘する。
京都橘高校吹奏楽部のマーチングブラスバンドが2022年10月10日の台湾の国慶節(建国記念日)に総統府広場で行われたセレモニーに招かれ、大喝采を浴びた。このとき台湾のネット上で「なぜ高校生にこんなことができるんだ!?」との声が上がった。その中に、日本には「部活」というのがあって、台湾の高校生が塾に行っている間もずっと練習しているんだ、という回答があったという。
「受験熱の激しい韓国や台湾では、部活のために朝練や放課後に何時間も練習するなんて考えられません。日本は工業高校から大企業に入ることができたり、美容師が高い評価を受けたり、と韓国や台湾に比べると進路が複線的で、甲子園の高校野球で盛り上がったりする(できる)のも、そうしたことが背景にあると考えています。マニュアルワーカーでも『職人』に対する評価が日本では高い、というのが韓国や台湾にはない特徴だと思います」
その上で瀬地山さんはこう指摘する。
「こうしたことが、日本の大学進学率をある水準で留まらせ、あくまで相対的にですが、韓国や台湾、中国に比べると受験戦争が過熱化せず、少子化には直結しない要因になっていると考えています」
アメリカが民主主義のお手本とは言いづらくなる状況が続くなか、東アジアの民主主義はどんな進路をたどるのか。軍事・政治大国化している中国の影響力抜きには語れない、と瀬地山さんは言う。
「政治体制の異なる超大国・中国の隣で共生しなければいけない課題を抱えているのも日本・韓国・台湾で共通しています。絶えず国防上のリスクを計算しなければならず、反中国が肯定的に働いたり、否定的に働いたりと揺れ動くこともあるでしょう。そうした外圧が民主主義にどのように作用するのか注視していく必要があります」
(編集部・渡辺豪)
※AERA 2024年4月1日号

