ビンテージマンションの最上階2フロアをみずからリノベートした自宅で、夫の藤元明と小学生の長男、長女と。ガーデンテラスがある家は子どもたちと友達との格好の遊び場。「私は必死の形相でご飯を作っています(笑)」(撮影/篠塚ようこ)

 母の永山幸子(75)は結婚に際して躊躇(ちゅうちょ)なく家庭を選んだ人だったが、「子育てがある場合、女性は男性と同じ時間を仕事に使えない。それは不公平なことだ」と、常々考えていたという。

「家庭と仕事、どちらが大事というのではなく、自分が力を発揮できる場所でがんばればいい。娘がチャンスを与えられ、仕事に打ち込みたいのなら、足りない部分を私が支えよう、と」(幸子)

メンバーに仕事を任せると 事務所がさらにパワフルに

 折しも美術館で横尾が設定したテーマは、子どもの誕生ともつながる「生と死」。受験生にはおなじみ、参考書の文字を隠す赤いシートをヒントに、真っ赤なガラス壁で向こう側の眺めをモノクロ世界に変異させた美術館は、彼岸此岸(しがん)を行き来する幻想的な空間に仕上がった。この作品で建築界のメジャーな賞であるJIA新人賞を受賞。長男に続き、翌年には長女も誕生して、いよいよ多忙は極まっていく。

 もともと、人にまかせることができない性分で、特に建築については完璧主義。しかし、建築家としての創造、事務所の経営、家庭の運営、子育てと、何重もの役目が重なる中で、従来のやり方は通せない。立て込む仕事を前に「もうダメかも!」と震えながら、その局面をマネジメントの切り替えで乗り越えていった。

 大きな変化は「人にまかすこと」だった。それまで所内全体で関わってきたやり方を変えて、プロジェクトごとに担当を割り振り、その上に永山が立って総合的なディレクションを行う。事務所は机に向かう場ではなく、ディスカッションと意思決定を行う場ととらえる。決断のスピードを速め、判断を過たないように、常に思考を整理しておく。そう決めてメンバーに仕事をまかせると、人は育ち、事務所自体がさらにパワフルな仕事集団になっていくことを実感した。

「3食がお弁当だったりする」というほど移動が多い日常。iPadは欠かせない道具。週に3回、母が自宅に来て家事と子育てをサポートしてくれている(撮影/篠塚ようこ)

 この経験は建築家として次のステージに行く上でも大きな基盤になった。永山は言う。

「建築は大きなお金が動くものですので、表面的な意匠だけではなく、予算、スケジュール、人間関係、時代の文脈とすべてへの目配りが求められます。困難や変更はイヤというほど発生して、その度に心折れる気分になりますが、でも、やるしかない。いかにデザインするかと同時に、いかに実現まで持っていくかが、建築家のスキルだと思っていますので」

(文中敬称略)(文・清野由美)

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