家主(右手前)が見守るなか、倒壊した家屋内の家財を捜す災害NGO結のメンバーら。重機やチェーンソーを駆使する(撮影/編集部・川口穣)

 能登半島地震の発生から約3カ月が経ったが、復旧活動の遅れが指摘されている。災害関連死の問題が本格化する時期だが、命を救うための活動は今が正念場だという。AERA 2024年4月1日号より。

【写真】輪島朝市は、今もほぼ手つかずに見える

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 みぞれ混じりの冷たい雨の中を、何台ものトラックが行きかっている。元日の団欒を襲った能登半島地震の発生から2カ月を経た3月初旬、七尾市街地からレンタカーを走らせ、被災地に入った。七尾市を抜け、穴水町、能登町、珠洲市と北上する。七尾市ではときおり目に付く程度だった全壊家屋が、北へ向かうにつれて増えていく。

 幹線道路や主要道は復旧が進み、金沢方面と珠洲、輪島を行き来するのにほぼ支障はない。発災直後に大きな問題とされた渋滞も、4日間の取材中に一度も遭遇しなかった。一方、倒壊した家屋の解体やがれきの撤去は進んでいない。全半壊した建物を申請に基づいて自治体が解体・撤去する公費解体は、3月12日の時点で七尾市、能登町、穴水町で申請の受け付けが始まっているものの未着工、輪島市、珠洲市、志賀町では受け付けも始まっていない状態だ。

 珠洲市役所がある市街地から内浦街道を進み、正院地区に入ると景色が一変した。1階部分がつぶれた家が連なり、手つかずで残されている。道路をふさぐように倒れた家は啓開作業によって解体され、敷地にがれきとして積み上げられていた。横道に入ると、車道に縦横の亀裂が走り、隆起したマンホールが通行を妨げる。

 珠洲市内の避難所に身を寄せる女性は言う。

「大きな道路は通りやすくなったし、再開するお店も増えてきて少しずつ前に進んでいるとは思います。でも、崩れた家がそのままで景色が変わった実感が小さく、『元通りになるんだろうか』と悲しくなります」

支援感じられていない

 住まいの再建もこれからだ。珠洲市では仮設住宅の入居が既にはじまっているが、女性が希望する仮設住宅はまだ着工しておらず、あと数カ月は避難生活が続く。一方、先日東京の知人と電話で話したとき、「そろそろ落ち着いてきたでしょう?」と尋ねられて愕然としたという。

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川口穣

川口穣

ノンフィクションライター、AERA記者。著書『防災アプリ特務機関NERV 最強の災害情報インフラをつくったホワイトハッカーの10年』(平凡社)で第21回新潮ドキュメント賞候補。宮城県石巻市の災害公営住宅向け無料情報紙「石巻復興きずな新聞」副編集長も務める。

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