自然界の原理を見出すという科学の分野においては、比較的若い時の方が直観力を発揮しやすい、ということはあるだろう。まだ量としては少ない意味記憶が、その量が少ないがゆえに非常に効率よくつながったような場合があり得るからだ。

 とはいえ、アインシュタインは26歳の時に特殊相対性理論を発表してから、その発展形である一般相対性理論を完成させるために、その後10年間を要した。科学の分野においても、脳の成熟がある程度必要だということは往々にしてあるわけだ。その分野で日々研究をし、試行錯誤をして、考え抜いて、そういった経験から生まれた意味記憶のネットワークが直観を生み出すという点では、天才と言われる人たちでも、私たちでも大きな違いはないのである。

 将棋という非常に厳しい勝負の世界でも、経験値が大きな意味を持っている。棋士の羽生善治氏は著書『決断力』の中で、「直感の7割は正しい。それまでにいろいろ経験し、培ってきたことが脳の無意識の領域に詰まっており、それが浮かび上がってくるものだ」と述べている。一局一局に全力を傾け、その勝ち負けの中で得られた経験値がいま目の前の局面で最適な差し手を「啓示」してくれるのである。

  重要なのは、それまでの対局において最大限の努力をして、それがどうして勝ちや負けにつながったのか、という「指し手の意味」を理解して、広い脳に蓄えられた意味記憶のネットワークに落とし込んでいるかどうかということだ。羽生氏が50歳を過ぎた今でも第一線で活躍しているという事実は、直観が年齢によって制限されるものではないことを示していると言ってもいいであろう。

次のページ
優れた直感はよい経験に裏打ちされる