ましてや、この複雑な人間社会でどのように行動するべきかという問題にも、直観が大きく影響している。マサチューセッツ工科大学のアゾレイらが起業した人たちの成功率を分析したところ、30代の起業家よりも50代以降の起業家の方が高い成功率を示した。

 ある程度年齢を重ねた起業家の方が、やりたいことを追い求める中で豊富な経験知を蓄えて、言葉にできない直観力で仕事を成功に導いたのだと考えられる。

  50歳を過ぎてから起業する、というのは多くの人にとって腰が引けてしまうことではないだろうか? しかし実際には、起業において、「若さ」は成功の必須要素ではなかった。起業する、あるいは組織のリーダーとして多くの人々の思いを一つにしていくためには、バランスの取れた直観力が必須となるからだ。ある程度歳を重ねて、成功も失敗も含めて豊富な経験を持っていることが、起業という勝負所で生きてくるのであろう。

 つまり、優れた直観力を得るためには、「良い経験」に裏打ちされた意味記憶の蓄積、その記憶どうしのネットワークの構築、これらが豊富に存在することが必要なのである。理解して獲得した意味記憶に関しては、加齢によって失われる部分よりも蓄積される部分の方が優勢となることが示されている。

  加齢という制約の中でも直観力の向上は可能であり、そのためには、仕事や趣味においてやりたいことを追い求める中で努力して、経験を積んで、理解して、その過程を意味記憶として蓄積していくことが重要になるわけだ。分野によって、若い人が得意なこと、歳を重ねた方が有利なこと、といった違いがあるのは事実であるが、継続して取り組んで良い経験を蓄積する、という努力から生まれる直観力に関して年齢制限はないのである。

 直感力を磨くための具体的な習慣とは? 朝日新書『直観脳』で詳述している。

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岩立康男

岩立康男

岩立康男(いわだて・やすお) 1957年東京都生まれ。千葉大学脳神経外科学元教授、現在は東千葉メディカルセンター・センター長。千葉大学医学部卒業後、脳神経外科の臨床と研究を行う。脳腫瘍の治療法や脳細胞ネットワークなどに関する論文多数。2017年には、脳腫瘍細胞の治療抵抗性獲得に関する論文で米国脳神経外科学会の腫瘍部門年間最高賞を受賞。主な著書に『忘れる脳力』(朝日新書)がある。

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