終電を忘れるほど、アフターファイブも楽しかった。グルメなる観念が広まったのも、たぶんあの頃だ。

「残業食にステーキとかお寿司とか、近所の有名店から出前してもらっていました。あと送別会が熱海の老舗旅館とか。お金の出所は新人だったのでわかりませんが、少なくとも自分で払った覚えはないです。会社の補助か、上司のポケットマネーだったのかな」(元百貨店)

「お弁当を持ってくる人は皆無で、ランチはすべて外食。それもコースで出てくるような時間のかかるランチにもたびたび行っていました。そんな行きつけの小さいレストランがニューヨークに出店したとか聞いても『ふーん』と驚きもしなかったです」(元アパレル)

「バブルのときにフグやしゃぶしゃぶを初めて食べた。とくにふぐ刺しは、箸でお皿のほとんどをザザッとすくって食べる品のない食べ方。味なんてわかるわけもない。もったいなかったなー」(自営業)

 など、やっぱりここにも後悔はついてまわる。(ライター・福光恵)

AERA 2024年3月25日号より抜粋