それでも日本で暮らすにあたり、年間127万円という数字は厳しいのが現実です。公立学校には通えても、制服やランドセル、修学旅行費用を捻出できない、冷蔵庫や洗濯機を買えない、冠婚葬祭のためのお金の用意やスーツの新調ができない、皆で楽しむ旅行や飲み会に参加できないなどなど、経済的理由から「皆と同じ」生活水準を得られない状況です。そういう人々が、およそ6~5人に1人の割合でいる国が、今の日本なのです。

 自己責任論が跋扈する日本では、病気や怪我、うつ病やいじめなど、人生の蹉跌のきっかけは本人の力が及ばない部分にも潜んでいます。就労においては、起業や転職、自分探しなどの“空白の期間”も高リスクです。多様性の時代とはいえ、日本はまだまだ「新卒一括採用社会」であり、王道の「高学歴・高収入企業への就職」「公務員としての安定」「医師や看護師など手に職」をつけさせた方が、人生の保険となる─。こうした通念こそが塾歴社会の過熱を招き、同時に「下流には落ちたくない」「自分よりひどい不幸がある」ことを確認したい欲求、もしくは他人へのマウンティング行為にもつながっているのではないでしょうか。

 私が日本を「不幸の共同体」とみなすのは、「人間は差別したい生き物である」ことに加え、「差別することでようやく安心できる」「下流を見下すことで自分は正しい、自分は下流に落ちないと思える」という心理的な脆弱性が社会の根底にあるからです。

 結婚相手に学歴と職歴と高身長と顔面偏差値を求める若者の心理にも、「わがまま」「夢見がち」「ないものねだり」以上に、極めて怜悧な「現実主義者」が隠されています。今はかろうじて「中流」の体を装い生活していても、いつ「下流」に落ちるかわからない、もしくは自分の子も「中流」でいられるかわからない恐れ。だからこそ結婚相手には、人生の保険をかけられる十分な資質がなくてはならないとなるのです。

著者プロフィールを見る
山田昌弘

山田昌弘

山田昌弘(やまだ・まさひろ) 1957年、東京生まれ。1981年、東京大学文学部卒。1986年、東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。現在、中央大学文学部教授。専門は家族社会学。学卒後も両親宅に同居し独身生活を続ける若者を「パラサイト・シングル」と呼び、「格差社会」という言葉を世に浸透させたことでも知られる。「婚活」という言葉を世に出し、婚活ブームの火付け役ともなった。主な著書に、『近代家族のゆくえ』『家族のリストラクチュアリング』(ともに新曜社)、『パラサイト・シングルの時代』『希望格差社会』(ともに筑摩書房)、『新平等社会』『ここがおかしい日本の社会保障』(ともに文藝春秋)、『迷走する家族』(有斐閣)、『家族ペット』(文春文庫)、『少子社会日本』(岩波書店)、『「家族」難民』『底辺への競争』(朝日新聞出版)などがある。

山田昌弘の記事一覧はこちら
暮らしとモノ班 for promotion
防災対策グッズを備えてますか?Amazon スマイルSALEでお得に準備(9/4(水)まで)