<そうだお前も鬼になったらどうだ!! 妹のためにも!!>(妓夫太郎/11巻・第92話「虫ケラボンクラのろまの腑抜け」)
遊郭戦で、鬼の総領・鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)が優先的に攻撃せよと命じていたのは、無惨の支配から逃げた鬼=禰豆子、「始まりの呼吸」の剣士と同じ耳飾りをつけた少年=炭治郎だったはずだ。それにもかかわらず、妓夫太郎は炭治郎にトドメを刺さず、「鬼」になることまで勧めている。なぜ無惨の命令に反するような行動を妓夫太郎は取ろうとしたのか。
最期まで残った「人間らしさ」
妓夫太郎が炭治郎に対して、鬼になるように勧誘したのは、単純に炭治郎が「兄」だからだ。「妹」のために命をかけて戦う長男。炭治郎の妹への思いに、妓夫太郎は共感した。
<鬼になったら助けてやるよ 仲間だからなあ そうじゃなきゃあ 妹もぶち殺すぞ>(妓夫太郎/11巻・第92話「虫ケラボンクラのろまの腑抜け」)
つまり、炭治郎が鬼になるのであれば、禰豆子を殺害するのを止めてもいいと提案しているのだ。無惨の命令を知っていながら、「妹がいる」という理由だけで、助けてやる、とまで言っている。
上弦の鬼が鬼殺隊の隊士に「鬼になること」を勧める場面では、それぞれの鬼が“最もこだわっていること”が明確化される。黒死牟は無惨に「強い剣士」をささげるため。童磨は気まぐれではあるが「救済」のため。猗窩座は「人間の強さ」に執着したため。そして、妓夫太郎は「妹」の存在だ。
すべては「妹」の幸せのために
妓夫太郎が優先するのは「妹」だけだ。無惨の命令よりも、妹を守ることに終始している。あれほど長く上弦の地位にありながら、妓夫太郎は無惨との会話シーンすらない。妓夫太郎は、上弦の鬼で唯一、無惨への畏敬が希薄で、執着も忠誠心も見せない。
彼にとって鬼化は、妹を救うために唯一与えられた救済だった。そうして、他人から奪い返した「自分たちの生」を彼なりに懸命に守ろうとした。決して助けてくれない神と仏に、妹の幸せを祈ったことがあったが、それはやがて呪いに変わった。