「花椿」は、「女性の声というものを、重視していた媒体」だと分析する。塩野七生、増井和子、カズコ・ホーキを始め、異文化のなかで孤軍奮闘する女性によるエッセイやコラム。そこには、個としての生き方を伝えようとする編集者のメッセージが託されていた。だから、小さな情報ひとつにも人間の気配が立ちこめていたのである。

「人を信じる編集」。これこそが「花椿」メソッドの大きな特徴であり、多くを学んだと言う。

「ひとりの人のなかには必ず、複雑さや矛盾が内包されている。それは、マーケティングが先行するグローバリゼーションの時代に対抗し、消費されずに生きていくための確実な方法なのだ。人を切り口にすることによって、わかりやすさが要求される世界に対抗し、複雑さをとどめたまま、情報を伝えていくことができる」

 編集行為の核心を突くステートメント。本書そのものが、まさに「人を切り口にする」方法論を踏襲し、連帯の可能性を訴えてくる。

 編集者時代の仕事は、「今にして思えば、30年後の自分自身への手紙のような気もしてくる」という一文に胸が熱くなった。全力で駆けた者だけが口にできる言葉だ。九〇年代を捉え直しながら、自身の現在や世界を照射する視線が強い。「花椿」によって培われた骨太の精神を共有するうれしさを、本書は至近距離から手渡す。

週刊朝日  2023年4月7日号