「名古屋掖済(えきさい)会病院」の救命救急センター(ER)。「断らない救急」をモットーに医師の蜂矢康二たちは自殺を図った人、鼻にドングリを詰まらせた子ども、ホームレスなどを診る。彼らが診るのは背景にある社会的問題でもあった──。東海テレビドキュメンタリー劇場第15弾である「その鼓動に耳をあてよ」。足立拓朗監督に本作の見どころを聞いた。
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はじまりは「コロナ禍のERをありのままに描きたい」という思いでした。当時ニュースで流れていた「救急は破綻寸前」「疲弊しています」という医師の声はすべてオンライン取材を通じてのもので「これでは真の大変さは伝わらない」と歯がゆく感じていたんです。でも取材をさせてくれる病院はそうない。そんなときプロデューサーがかつて取材をした掖済会病院を知り、北川喜己センター長(当時)にOKをいただけた。2021年の6月から撮影を始めました。
でも正直、ERに浅はかなイメージを持っていました。急患を医師がバッと治療して回復して、患者さんに感謝される、みたいな。でも全然違った。重症で来る方を救うことは本当に難しいんです。「命ってそんなに簡単じゃないんだ」と痛感しながら、そこで奮闘する蜂矢医師や櫻木佑研修医の姿を追いかけました。仕事は大変だけれど彼らはやっぱりERが好きなんですよね。そこには報道の現場に似た空気もあります。でも彼らの原動力のほうが、もっとまっすぐで尊いと感じました。
病院がある地域にはホームレスや生活保護受給者が多く暮らしているんです。経理の方が見せてくれた未払いの請求書の多さに驚きました。だからこそ「断らない救急」という土壌があるんだとわかった。雪の降る深夜にやってきて診察で異常がなかったホームレスを彼らは「寒かったんだね」と待合室にいさせてあげる。普通にできることではありません。でも彼らのなかには困っている人を助けることが医療従事者の本質だという思いが根付いていて、おそらく何の疑問も持たずにやっている。その姿は本当にまぶしかったです。なり手不足のERですが実はテレビ版の放送後、医師の応募が増えたようで、ちょっと嬉しいんです。
(取材/文・中村千晶)
※AERA 2024年2月5日号