自分が味わってみたいものを自分の足で探す
KADOKAWAでこの企画の売り込みをうけた木之内安代は、JR東日本であればこの企画は実現できる、と思ったそうだ。JR東日本はジェイアール東日本企画という子会社をもっており、映画への出資もよくしている。個人的なつながりもあった。
新幹線の車内の撮影は、掃除の練習などに使うモックアップの車両を使っている。実際のものよりもすこし天井が高く撮影もスムースになる。
この企画を最初に思いついた脚本家の木田紀生はエピソードゼロの回で、新幹線で偶然進と隣り合わせた初老の男「師匠」(モロ師岡)にこんなセリフを言わせている。
「うまいだけなら東京でいい。流行りのものならネットが教えてくれる。売りたいものなら広告を見ればいい。私はね、自分が味わってみたいものを探して歩く。もちろん当たり外れもあるんですがね、それもこの店(居酒屋新幹線)の味わいの一つなんです」
これ、ジャーナリズムにも同じことが言えませんか?
他社がやっていることならネットが教えてくれる。原稿を取材相手に添削してもらうのなら広告と同じだ。自分が味わってみたものを他人に伝える。当たり外れはあるかもしれないがそれがジャーナリズムではないですか!
さて、冒頭の山形出張、私の居酒屋新幹線で選んだのは、「月山丸(がっさんまる)」。
山形新聞論説委員の佐藤善哉(よしや)さんに、「一番の酒というならこれ」と勧められた銘柄。
西に霊峰月山をのぞむ河北町の小さな蔵元で作っている大吟醸。万年雪をいただく月山の伏流水を使った酒だ。
これを在来線を使って走る山形新幹線の中であけた。封を切ったとたん芳醇な香りがたちこめ、ぐびりとやると五臓六腑に染みわたる。
う、うまい。
ドラマ「#居酒屋新幹線」は「居酒屋新幹線に二次会はありません」ときっぱり言って家路につく進の姿で終わる。
しかし、このコラムでは二次会があるのです。
二次会では、もうひとつの旅のおとも、車内雑誌『トランヴェール』について書きましょう。
以下、次回。
○下山進(しもやま・すすむ)/ノンフィクション作家・上智大学新聞学科非常勤講師。メディア業界の構造変化や興廃を、綿密な取材をもとに鮮やかに描き、メディアのあるべき姿について発信してきた。主な著書に『2050年のメディア』(文春文庫)など。
※AERA 2023年12月18日号