福岡市出身の石川賢治さんは7年前、自然豊かな福岡県・糸島半島に移住した。この地で月光に照らされた草花や昆虫を前景に星空を写しているという。
「いろいろなことをやってきて、ようやくここまで来た、という感じです。月光で人を撮ったらどうなるのか実験したり、月をめでる文化が芽生えた中国で撮影したり、ずいぶん遠まわりをしてきました」
石川さんが月明かりで写真を撮り始めたのは40年ほど前。日本がバブル景気に湧く直前だった。
「自分で言うのはなんですけど、そのころのぼくは本当に売れっ子の広告写真家だったんですよ」と、笑う。
「もうめちゃくちゃ忙しくて、夜空を見上げることもなかった。高校時代はよく友だちと糸島半島に出かけてキャンプをしたりして自然の中で遊んだのですが、そんなことはすっかり忘れていた」
宇宙を感じた瞬間
人生が変わった日のことははっきりと覚えている。1984年8月11日。ロサンゼルス五輪の柔道で山下泰裕が優勝するのをテレビで見て、感激した夜のことだった。当時、石川さんは広告写真の撮影でハワイ・カウアイ島に滞在していた。
「夜遅くに撮影が終わり、寝る前にちょっと散歩しようと、近くの海岸に出かけた。ちょうど満月のころでした」
真っ暗な林の中を進んでいくと、波の音が聞こえてきた。
「林を抜けると、月光に照らされた白い砂浜が非常に明るく見えたんです。木の影が黒くはっきりと映っていた。『わあー、明るいなあ』と、うれしくなって、波打ち際に腰を下ろし、夜の風景を眺めた」
空気が澄んでいるので、月明かりにもかかわらず、たくさんの星が見えた。水平線の上には形のいい雲がいくつも浮かんでいた。それをぼーっと見ていると、突然、目の前の海面すれすれを1羽の鳥が横切った。
「そのとき、ハッとしたんです。想像力を引き出されたというか。細い羽根の先まで見えるほどの明るさなのだから、もしかしたら月光で写真が撮れるんじゃないか、と思った」
当時は超高感度のデジタルカメラもなく、「月光では写真は写らないと思われていた時代」だった。