処刑場となる円形闘技場へイグナティオスを連行する刑吏のひとりが、隠れクリスチャンでした。その刑吏が、ふたりだけの時に「皇帝陛下に減刑をお願いしてみます」とイグナティオスに耳打ちすると、彼は激しく首を振り、「それはいかん! やめてくれ! わたしは猛獣に噛み殺されて殉教したいのだ」と希望し、譲りませんでした。
ローマの円形闘技場を埋め尽くす大観衆の前で、イグナティオスは偶像を礼拝するラスト・チャンスを与えられますが、当然のごとく拒み、人々に呼びかけました。
「ローマの人たち、わたしは悪いことをして罰を受けるわけではありません。わたしは信仰心ゆえに猛獣に噛み殺され、キリストの麦となる必要があるのです」
2頭の飢えたライオンが檻から解き放たれると、獰猛な野獣は競うように駆け出し、イグナティオスに飛びかかりました。聖人は平然とそれを受け止めると、満足げに微笑みながら噛み殺され、あとに残ったのは骨が数本だけだったそうです。イグナティオスの殉教後すぐ、アンティオキアで大地震が発生して、たくさんの民衆が亡くなり、皇帝トラヤヌスは恐れをなしてキリスト教の迫害を中止した、と伝えられています。