タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復する小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。
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5年前に他界した父がもし生きていれば、今年の秋は卒寿のお祝いでした。先日、90歳になる歌手の菅原洋一さんのお元気な姿をネットの記事で見て、父が菅原さんのカセットテープを持っていたことを思い出しました。私の家では、子どもの頃によく家族で歌をテープに吹き込んで楽しんでいました。カラオケではありません。ただマイクを持って好きな歌を歌ったり、おしゃべりしたりして、テープ(カセットテープではなく、それよりも古い平置きのテープレコーダー!)に吹き込むのです。70年代当時としては先進的な一家団欒だったのかも。父は高齢になってからもパソコンやビデオ通話を使いこなしたりと、新し物好きなところがありました。若い頃はバイクに乗っていたので「カミナリ族」と言われていたとか……そんな父はよく、菅原さんの「今日でお別れ」を歌っていました。そうか、父は菅原さんと同い年だったんだな。勤め人として忙しく働きながら、タンゴの歌声にどんな想いを重ねていたのだろうと、ちょっと切ない気持ちになりました。