朝日新聞記者で「国境を越えて生きる人たち」をテーマに記事を書いてきた玉置太郎氏は、大阪・ミナミの「Minamiこども教室」で二〇一四年から取材を兼ねて、学習支援のボランティアをしている。多くの移民の子どもを支えるこの教室設立の背景には、ある移民の家族に起こった「事件」があった。同氏の新著『移民の子どもの隣に座る 大阪・ミナミの「教室」から』(朝日新聞出版)から一部を抜粋、再編集し、移民のシングルマザーが抱える苦悩について紹介する。
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Minamiこども教室の始まりには、はっきりとしたきっかけがある。
それは文字どおりの「事件」だった。教室設立の前年、二〇一二年に島之内で起きた、フィリピン人母子の無理心中事件のことだ。
母子は島之内にある十階建てマンションの、1Kの一室で暮らしていた。当時二十九歳だった母ソフィアさん(仮名)と、六歳の息子、四歳の娘の三人家族。シングルマザーとして、子ども二人を育てていた。
事件の翌年、児童福祉に関する大阪市の審議会が公表した検証報告書がある。その内容や私自身の取材に基づいて、家族のたどった経路をふり返ってみたい。
ソフィアさんがフィリピンから日本へやって来たのは二〇〇一年。複数の仕事をかけもちしながら、飲食店で「歌手」として働いたという。