伊藤潤二著『不気味の穴――恐怖が生まれ出るところ』(朝日新聞出版)では、アイデアやストーリーのつくり方、キャラクターの生み出し方など、伊藤さんの頭の中をさらけ出しています。

「締切」である。

 私は漫画を描くときは基本一人で作業していて、なおかつペンスピードも遅いため、どうしても作画に時間がかかる。アシスタントを雇えばいいと思うかもしれないが、私は人に指示して何かをしてもらうのがとても苦手だ。その労力を考えると「自分でやったほうが早いや」と思い、いつも諦めてしまう。そこで岐阜にいたときは、身内価格で母や姉たちに背景のベタ塗りやスクリーントーンの作業を手伝ってもらっていた。初期から中期にかけての作品の多くは、「伊藤家総出の家内制手工業」によって生み出されていたのである。

 話は戻るが、月刊連載で一話あたりのページ数が32ページだとすると、作画に必要な日数は最低15日。これ以上は短縮できない。

 必然的に、残り半月でストーリーの原案を考え、シナリオを起こし、ネームを切るといった作業を完了させなければないわけだが、最近はストーリーがすぐに浮ばず苦しむこともしょっちゅうだ。思いついたアイデアは、ノートにメモしてストックするように心掛けてはいるが、それを具体的な物語にするまでには相当な時間を要する。足がかりさえ見つかれば、一気にラストまで書いてしまうこともあるが、それまでに6日か7日、長くて10日ぐらいは悶々とした日々を過ごすことになる。

漫画家は前半が頭脳労働、後半が肉体労働

 その後の作画は、考えたストーリーを漫画として紙面に表現するまでに、「ネーム→下描き→本描き」と、大きく3つの工程がある。

 なかでも、漫画の屋台骨となるのが「ネーム」作業だ。

 ネームは、簡単に言うと「漫画の設計図」のことで、シナリオ(テキスト)から場面(コマ)の様子をイメージし、実際に絵に描き起こす作業のことを指す。この段階で、一ページあたりのコマの数や配置、大きさを決め、それぞれのコマにセリフを割り振り、バランス良くストーリーが収まるように設計していく。また、それぞれのコマの構図や登場する人物たちの表情、動きも具体的につけていく。

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