スクリーントーンを貼る作業が苦手という伊藤さん、「死びとの恋わずらい」のほとんどのコマはトーンを使わず手で描いている
スクリーントーンを貼る作業が苦手という伊藤さん、「死びとの恋わずらい」のほとんどのコマはトーンを使わず手で描いている

 先週から2週にわたって『NHKアカデミア』(NHK Eテレ/後編:11月1日22:00~)で特集される漫画家の伊藤潤二さんは『富江』『うずまき』の作者として知られ、いまや日本が世界に誇るホラー漫画家だ。「漫画のアカデミー賞」とも呼ばれる米アイズナー賞を4度も受賞し、今年は世界的な漫画イベント、仏アングレーム国際漫画祭や米サンディエゴコミコンで名誉賞を受賞するニュースも入ってきた。そんな伊藤さんがはじめて自身のルーツや作品の裏話、さらには奇想天外で唯一無二な発想法などについて明かした『不気味の穴――恐怖が生まれ出るところ』を今年書きあげた。ここでは、その一部を抜粋・再編集してお届けする。

【漫画】 作画の点ではもっとも密度が高く充実していたという「長い夢」

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限られた時間で不気味な絵を描くためには

 私の描く絵はよく「細密である」との評価をいただく。他の先生方に比べて、描写の密度が高いかどうかはさておき、たしかに時間があればあるだけ、しこしことペンで余白を埋めているような気はする。

 以前、NHK Eテレの『浦沢直樹の漫勉』という番組に出演したときには、浦沢直樹先生から「いままで番組に出演した漫画家の中でペンスピードが最遅」というお褒め(?)の言葉をいただいた。自分では普通ぐらいだと思っていたため、これは意外な指摘であった。浦沢先生は「ホラーを描くには、こうやってじわじわ描かないとダメなんだね」とも仰っていた。私自身それを意識したことはないが、もしかしたら一本線でスーッと描かず、サッサッと撫でるように描くことで画面におどろおどろしい雰囲気が生まれていたのかもしれない。

 ただ、描き込むほうだとはいっても、楳図かずお先生に比べれば私など全然たいしたことはない。楳図先生の『こわい本』シリーズなどを読むと、洋館の屋根や壁、調度品に至るまで、実に精緻に描かれていて目を見張る。「自分もラクをしちゃいかんなあ」と背筋の伸びる思いである。

 さて、不気味で迫力のある絵を描くためには、まずもって乗り越えなければならない高い障壁がある。

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伊藤潤二

伊藤潤二

高校卒業後、歯科技工士の学校へ入学し、職を得るも、『月刊ハロウィン』(朝日ソノラマ)新人漫画賞「楳図かずお賞」の創設をきっかけに、楳図氏に読んでもらいたい一念で投稿。1986年、投稿作「富江」で佳作受賞。本作がデビュー作となり、代表作になる。3年後、歯科技工士を辞め、漫画家業に専念。「道のない街」「首吊り気球」「双一」シリーズ、「死びとの恋わずらい」などの名作を生みだしていく。1998年から『ビックコミックスピリッツ』(小学館)で「うずまき」の連載を開始。その後も「ギョ」や「潰談」など唯一無二の作品を発表し続け、2017年には漫画家生活30周年を迎えた。

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