
「しっし」最初は門前払い
88年に渡米すると、競馬場の写真三昧の生活が始まった。レースの日程に合わせて授業を履修した。
「授業がないときは競馬場に行って、バシャバシャ写真を撮りまくった。学校に帰ってフィルムを現像して、翌朝『おい、授業が始まるぞ』って、先生から声をかけられるまでひたすらプリントした。家に帰ることはほとんどなかったですね」
しばらくすると、「柵の外側からじゃ、撮るものがなくなった」。
柵の内側に入って撮影する許可をもらおうと、メリーランド州競馬協会の広報担当者を訪ねた。
「最初は門前払いですよ。学生? しっし、って感じでした。でも、写真だけでも見てくれ、ってしつこく食い下がったら、『写真だけなら』と、見てくれた」
写真を見た担当者は「君はどういう写真が撮りたいんだ」と尋ねた。神田さんは「ここにない写真が撮りたいんです」と答えた。
「こんな写真、全然面白くないでしょう。ぼくが撮りたい写真はこれじゃない。もっと馬や人に寄って写したい。レースが終わったときの表情とか、調教している様子を撮りたい。だからプレスパスが欲しいんだ、と訴えたら、OKしてくれたんです」
ただし、条件が一つ示された。どんな馬の写真でもいいので、それが掲載された印刷物を見せることが求められた。
「それで『アサヒカメラ』の月例コンテストに馬の写真を送ったら、入選したんです。選評には『しっぽのブレ方がいい』と書いてあった(笑)。『優駿』の読者ページにも写真を送ったら、採用された。この2冊を親父に航空便で送ってもらい、担当者に見せた。『ほら、載っているでしょう』と。それで、プレスパスを発行してもらった」

写真をあげるとどこでもOK
以来、「また、あの東洋人が来たよ」と、あきれられるくらい厩舎に通った。撮影した写真は必ずプレゼントした。
「それがよかったと思います。アメリカ人って、本当に写真が好きなんですよ。写真をあげると、次はどこでも撮影をOKしてくれた」
作品のなかに珍しく馬を操るジョッキーを写した1枚がある。
「彼の名はケント・デザーモ。その後、来日して大活躍したジョッキーです。ある日、中山競馬場で『ヘイ』と声をかけられて、『あなたをどこかで見たことがあるなあ。メリーランド州にいたことある?』と言われて、びっくりした。ぼくのことを覚えていたんだね」
アメリカ競馬を写し始めてから約35年になる。施設は新しくなったものの、作品に写る競馬の風景や雰囲気は昔も今もまったく変わらないという。
(アサヒカメラ・米倉昭仁)
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