「楽しそうでしょう。ファンと馬との距離がすごく近いし、関係者が全然身構えていない。本当にアットホームな雰囲気なんです」
神田壮亮(そうすけ)さんはアメリカ競馬の写真を見せながら、その魅力を説明する。
例えば、アメリカ最高峰レースの一つ「ケンタッキー・ダービー」ではレース当日の朝、出走馬の見学ツアーが開催されるという。
「ファンサービスの一環として厩舎(きゅうしゃ)に案内して、出走馬を1頭1頭見せるんです。厩務員のお姉さんが『これが1番の何々です』って説明すると、みんな『おーっ』と声が上げて、写真を撮る」
対照的に日本では、ファンどころか、報道関係者でさえも出走前に馬の撮影することは非常に難しいという。アメリカの場合、取材許可証さえあれば、基本的にいつでも、どこでも自由に撮影できる。
「この写真なんて、本番のレースでスタートする馬たちを真横から撮っています。できるだけ音を立てないように、連写ではなく、1枚1枚撮りました」
誘導馬の足元からのぞき込むように、ゴール前で競り合う馬たちを撮影した写真もある。
「この馬に乗っている人から『お前、こんなところから撮るのか』って、あきれたよう言われましたけれど、怒られたことはありません。競馬の文化が違いますよ」
根底にあるコンプレックス
アメリカ西部開拓時代、馬は生活に欠かせない存在であり、頼れる「相棒」でもあった。よい馬を競わせて育てる目的で始まった競馬は生活に密着したレクリエーションとして発達した。
「アメリカの競馬は単なるギャンブルではなくて、スポーツやエンターテインメントでもあるんです。日本の競馬場で写真を撮っていると『馬券は買ったの?』『調子(成績)はどう?』とか、ちょこちょこ聞かれるんですけれど、アメリカでそんなことを聞かれたことは1回もありません」
神田さんの作品には「ゴール前を全力疾走する馬」といった、いわゆる競馬写真はほとんどない。その多くは厩務員や調教師の自然な姿で、馬の世話をする様子だけでなく、厩舎や車の中でくつろぐ写真もある。
「みんな、朝、起きるのが早いですから。馬の世話をして、調教して、レースがあれば、競馬場に馬を届ける。その後は出番までずっと寝ているわけです」
神田さんは、競馬雑誌の仕事であれば、ゴール前のシーンも撮影する。一方、それとは違う写真で競馬の魅力を一般の人にも伝えたいという。
「競馬を知らない人が見ても、『これって何? 面白いね』と思ってもらえるような写真を撮りたい気持ちが昔からずっとあった。その根底にはコンプレックスもあると思う。基本的に競馬写真しか撮ったことがないですから」