まずはウンコ採集の苦労がこれでもかと描かれる。ウンコはクマの行動特性がわからないと見つけられない。見つけても直径10センチ、重さ500グラムもあるウンコを10個も(!)、糞虫を除いて、漏れないようリュックに詰めて運ぶ。それを洗い流し中に残る種を集めるまでの手間暇ときたら……しかし苦労の果てに見えてきたクマは意外にもグルメで、たくさんの木の実や果実を味わう豊かな食生活を送っていた(それゆえほぼ無臭である)。ウンコをすることであちこちに種を運ぶという役割も果たしているのだ。

「生き物ってその種だけで生きているわけじゃないし、〈食う・食われる〉だけの関係でもない。人間が想定する範囲を遥かに超えた、複雑なものの総体が『森』なんです。それが魅力でもありますね」

 現在は栃木県日光市など数カ所を調査地として現地の役所や猟友会とも協力しながら、クマにGPSのついた首輪を装着し、彼らの行動を追い続けている。個体によっては20年ものつきあいになるという。

 継続的な研究によってわかってきたクマや自然のありようは問題山積。地球温暖化の影響も大きい。今、日本ではクマだけでなくシカやイノシシなどの野生動物が増え、食害がひどい。そのため離農するケースもある。片や人間は高齢化が進んでハンターが激減し、対抗できないままだ。

「人が撤退すれば野生動物の陣地になってしまう。平地に動物が下りてきた時にどうするか、どうやって山に押し返すか。今のままでは食糧生産すらできなくなりますよ」

 クマをはじめとする野生動物と人間との程よい距離とはなんだろう。最初は笑いと共に読ませるが、そのあとに深く考えさせられる本である。

(ライター・千葉望)

AERA 2023年10月9日号

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