こうした言説が勢いを持ったのは2000年前後からのようだ。日本では2000年に出版された『話を聞かない男、地図が読めない女』は瞬く間に世界各国で話題を呼び、日本だけで200万部、世界で600万部を売り上げたといわれる。

「ブーム」は今も続き、男性脳・女性脳をテーマにした本も毎年のように出版されている。

 だが、実はこうした言説は、神経科学の世界では既にほぼ否定されているという。経済協力開発機構(OECD)は07年、「脳を理解する」と題したレポートで「右脳人間・左脳人間」や「睡眠学習」と並び、「男性脳・女性脳」を「神経神話」と呼んで科学的根拠に乏しいと注意喚起した。

教育や社会環境による

 東京大学の四本裕子教授(認知神経科学)はこう解説する。

「『男女の脳には構造上の違いがあり、得意分野が異なる』という説のほとんどは、科学的根拠に欠けるもので誤りです。これにはふたつの視点があります。まず、統計的な平均値の差を大きく上回る個人差があるということ、そして、その平均値の差も生まれ持った男女の脳の違いによるものではなく、教育や社会の環境が作り出したものだと考えられることです」

 まず、「平均値を上回る個人差」について。男女の脳や能力・思考には、まったく差がないわけではない。平均値を見ると多少の傾向的な違いは存在する。ただ、それと比較にならない大きな個人差があるという。四本教授は続ける。

「例えば、男女の身長は個人差によって逆転するケースも珍しくないですが、傾向的には男性の方が大きいことは明らかです。一方、脳にこうしたわかりやすい違いはありません。男女の平均に数ポイントの差があったとしても、男性同士、あるいは女性同士の中でその何倍もの個人差があるんです。わずかな平均の差を持ち出して『男性はこう』『女性はこう』と断じるのは誤りです。また、人間の脳や性質はモザイク的で、ある指標が平均値でいう『男性より』であったとしても、別の指標が『女性より』だったりするのです」

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