斎藤佑樹(さいとう・ゆうき)/1988年、群馬県生まれ。早稲田実、早大を経て北海道日本ハムファイターズに入団。引退後は株式会社斎藤佑樹の代表取締役として「野球未来づくり」に取り組んでいる(撮影/加藤夏子)
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 駒大苫小牧との高校野球史上に残る名勝負を演じた斎藤佑樹さん。あの夏のヒーローが、キャスターとして今夏のドラマを伝える。AERA 2023年8月14-21日合併号より紹介する。

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「今振り返ると、あの夏は、ずっと不思議な感覚に包まれていたように思います」

 2006年の夏の甲子園。斎藤佑樹さんは早稲田実(西東京)のエースとして、決勝再試合までの全7試合に先発。同校を初優勝に導いた。

 8月21日、駒大苫小牧(南北海道)との決勝再試合のマウンドに立った斎藤さんは4連投。過酷な日程の中、大会を通して948球を投げ抜いた。田中将大(現楽天)を三振に打ち取って優勝を決めたシーンを覚えている方も多いだろう。だが、意外にも斎藤さんがこの試合で印象に残っていると話すシーンは別にあった。

「僕が投げた初球なんです。体は本当に疲れ切っていて、全身筋肉痛。この試合投げられるのかなと不安だった。120キロ中盤のストレートだったと思います。投げた瞬間、『あ、この試合いけるかもしれない』と」

 真夏の甲子園は、試合を重ねるごとに選手を成長させる。球速は出ずとも球威は維持するという絶妙な力配分の感覚をつかんだ斎藤さんは、極度の疲労の中この試合も投げ抜き、最後に投じた直球は144キロを計測していた。

不思議な感覚の訪れ

 その優勝の瞬間にも「不思議な感覚」は訪れた。

「前日の延長戦、十五回を投げ切っても、これで本当に終わりなのかわかっていなかったんです。再試合で優勝が決まった瞬間も、僕の体は三振を取ってバックスクリーンに振り返ってガッツポーズしているのに、頭の中ではこれで本当に終わりか?って。マウンドに走ってくるみんなの姿がスローモーションのようで、すごく長く感じたのを覚えています。心と体が別々に動いているような不思議な感覚でした」

 斎藤さんは3年時に、春の選抜にも出場しているが、やはり夏の甲子園には格別の思いがあると話す。

「汗だくになって、泥だらけになって、という球児の姿こそが、小さなころから見てきた僕にとっての“甲子園”。実際にマウンドに立って感じた厳しい暑さの中で感じる浜風や、超満員のスタンドに圧倒されるほどの歓声。劣勢のときには球場全体が圧をかけてくるような雰囲気がある。夏だからこそできる経験だと思います」

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