第一線で戦い続けるアスリートたちの身体から絞り出された言葉は、スポーツの枠を超えて私たちの心に突き刺さる。スポーツジャーナリストが選んだ珠玉の名言を紹介する。AERA 2023年8月14-21日合併号の記事から。
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日米球史に偉大な足跡を残したイチロー(49)は、記録だけでなく様々な金言も残した。イチロー語録のどの箇所を切り取っても、共感と感銘を呼び起こす。
「後悔などあろうはずがありません」
その中であえて、引退記者会見の言葉をピックアップしたのは、イチローがファンの姿に感動して発した言葉だったからだ。もちろん、一分一秒無駄にすることなく野球に対峙(たいじ)してきた自分に後悔がないという意味もあったように思う。だがそれ以上に、試合が終わっても誰一人席を立とうとせず、1時間近くイチローコールを続けるファンの姿に、常に冷静なイチローが珍しく感情を高ぶらせていた。
選手はトップに立ち続けるのは難しい。体操界の絶対王者と言われていた内村航平(うちむらこうへい、34)は、2008年に全日本選手権で優勝して以来、五輪、世界選手権など国内外の大会で40連勝を果たす。その偉業を問うと「勝つ地獄を味わった方がいい」と語った。
勝てば至福、ではなく地獄? その理由を内村はこう説明。
「優勝するとその後のモチベーション維持が難しい。だから勝つたびにあえて自分に不安な状態を作り、そこから這い上がることをモチベーションにする」
研ぎ澄まされた感覚
絶対王者ならではの思考法ともいえる。
モチベーション維持のために、「自分で鼻をへし折る」と語ったのは卓球の平野美宇(ひらのみう、23)だ。若くして注目された選手はその後が続かない。世間の称賛に満足してしまうからだ。だが当時高校生だった平野は、きりりとした表情で自分への戒めの言葉を口にした。
アスリートの言葉は、時には大きな希望を与える。11年の東日本大震災直後、プロ野球・東北楽天ゴールデンイーグルス選手会長だった嶋基宏(しまもとひろ、38)が発した復興支援試合前のスピーチは、多くの日本人に刺さった。日本中が不安に陥っていた最中、「野球の底力」を高らかに宣言し「支え合おう、ニッポン」と締めくくった言葉は、多くの日本人に前を向かせた。