レバノンとの国境に近いロシュ・ハニクラの岬から望む地中海(撮影/深澤明)

 1948年にイスラエルが建国されると、世界中に散らばっていたユダヤ人が移住してきた。もともとこの土地にあった中東固有の食文化に、移民がそれぞれの母国から持ち込んだ食文化が融合し、さまざまな料理が生まれている、というわけだ。

 ガルさんは「移民の波が来るたびに食の変化を感じる」と話す。

「1991年のソ連崩壊前後にイスラエルはたくさんのロシア系移民を受け入れましたが、それ以降、質の高いブラックティー(紅茶)が飲めるようになりました。近年はフランスからの移民の影響で、パティスリーが増えている。食文化がどんどん豊かになっている印象があります」

 もうひとつ、イスラエルの食を語るのに欠かせないのが、地中海料理だ。地中海というとギリシャやイタリアなどをイメージしがちだが、テルアビブを含むイスラエルの西側は地中海に大きく開けており、新鮮な生野菜、果物、オリーブオイルなどを特徴とするいわゆる「地中海料理」を味わえる店も多い。

「細かく刻んだキュウリとトマトにオリーブオイルやチーズを加えたサラダは、イスラエル人の朝食の定番です」とガルさん。滞在中、ホテルやカフェの朝食で、このサラダを見かけない日はなかった。

エルサレムのヨエル・モシェ・ソロモン通り。この通りが位置する「新市街」はヨーロッパの都市のような雰囲気だ(撮影/深澤明)

すし屋の数が200軒

 多様な食文化を受け入れるイスラエルでは、「すし」も大人気だった。

 取材中に出会ったイスラエル人の中には、筆者が「日本人だ」と告げると、「すしをいつも食べている」「お気に入りのすしレストランがある」と話しかけてくる人も多かった。シャバット・ディナーで訪ねたトゥーソンさん夫妻の子どもたちも、「休みの日は友だち同士で家に集まってすしパーティーをしている」と言い、日本語で「焼のり」と書かれたパッケージと「巻きす」を見せてくれた。

 オトマズキン教授はこう解説する。

「イスラエルで人気のすしは、サーモンとアボカドと、スパイシーツナ。テルアビブには、200軒ものすし屋があり、人口当たりのすし屋の数は、東京とニューヨークに次いで、世界で3番目に多いのです。私はここ10年間で、すしがない結婚披露宴に出たことがありません」

 宗教、民族、歴史、どれをとっても日本人には複雑でわかりにくい印象があるイスラエル。だが、食を通してみると、身近に感じられること、理解できることも意外と多い。そんなことを実感する旅だった。(編集部・鈴木顕)

AERA 2023年8月7日号より抜粋