■ノンポリのままでいられたかどうか

 1952年1月の坂本と1953年2月生まれの山下は、両者とも高校時代に70年安保をリアルタイムで経験している。坂本は都立新宿高校に在学中、制服制帽や試験・通信簿の廃止などを訴え校長室をバリケード封鎖。山下が通っていた都立竹早高等学校は、教員による収賄事件をきっかけに学校の機能が停止し、山下はそのままドロップアウト。多感な時期のこの経験が、その後の人生に大きな影響を与えたことは想像に難くない。

 20代以降の坂本、山下の音楽家としてのキャリアは、今更説明するまでもない。坂本は東京藝大在学中からスタジオミュージシャンとして活躍。YMOに参加し、その後、“世界のサカモト”として名を馳せた。山下はバンド“シュガー・ベイブ”を経てソロアーティストに転身、数多くのヒット曲を生み出した。昨今は80年代シティポップの再評価に伴い、世界的な知名度を得ている。

 両者が自らのキャリアを築き上げた70~80年代は、学生運動が下火になり、日本の経済的な発展とともに若者たちのカルチャーやレジャーへの興味が高まってきた時期だ。1950年代生まれの彼らは“しらけ世代”と呼ばれ、時代は“政治なんかどうでもいい。今を楽しみ、好きなことを追求したい”というムードに包まれていた。この時代の音楽がとても豊かで、質が高いことの背景にはまちがいなく、日本の経済的な安定、“ここからもっと楽しくて豊かな時代が来る”という実感に支えられていたのだと思う。

 政治や社会問題に参加するなんてダサい、というか、あり得ない。新しいカルチャーやファッションをいち早くキャッチして、享受することこそがヒップであり、そうやって日々を淡々とやり過ごすのが正解だ。90年代前半まではそんなムードが続いていたのではないだろうか。その状況が変化したのは1995年。阪神・淡路大震災、そしてオウム真理教の事件が立て続けに起こり、社会の雰囲気は一変。「このままでは持たない」という漠然とした不安に包まれることになる。

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音楽家としてのスタンス