「売れ始めた時は本当にラクに売れた、という感じでした。盛り上げるとか、明るくするとか、上手なしゃべりとかも一切なしで、素の状態でいればいいわけですから」
素の状態でいられることでまず自分がラクになる。すると、客も壁を取り払ってくれる、と渡瀬さんは事も無げに言う。たしかに記者も、渡瀬さんと話していると、この人は思ったことを率直に話しているな、という感じがした。「さすが(聞く仕事の)プロですね」と間違いなく数段上手の渡瀬さんからそう言われても、皮肉やお世辞に聞こえないのが不思議だった。率直にうれしくなるのはなぜなのか。話すスピードと声のトーンだと気づいた。ゆっくり落ち着いた自然体で、決して攻撃的にはならない人だという安心感も漂う。「自分を偽らないからこそ営業成績が上げる」という理由がよく分かる。これは天性の内向型であったが故に、自ずと渡瀬さんの中で培われた能力のような気がした。渡瀬さんはこう自己分析する。
「相手の考えや人の心が気になってしまうので、やっぱりそれを知りたいという思いはずっとありました。その知りたい気持ちが営業に向いていたのかもしれません」
■得意な分野を伸ばす
現場で「静かな営業」を伝授したリーダーは、渡瀬さんに人間観察力や「聞く力」が潜在していることを見抜いていたのかもしれない。
営業成績がトップになると、周囲の反応も一変した。それまでは「痛々しい存在」として素通りされていた渡瀬さんが、面識のない人からも声かけられるようになった。しかし、渡瀬さんの気持ちは晴れなかったという。
「ずっと職場で居心地が悪かったんです。売れれば居心地が良くなると思っていたら、トップになった後も居心地が良くならなかった。それで初めて、自分は売れないから居心地が悪いのではなく、周りにいっぱい人がいる環境が居心地悪かったんだと気づいたんです」
渡瀬さんはリクルートを2年で退社。フリーでできる仕事を目指し、コピーライターの修行を兼ねて編集プロダクションに転籍した。その後、会社経営などを経て、サイレントセールストレーナーの肩書で内向型営業職のビジネスパーソンの育成に乗り出したのが約20年前。「静かな営業」はますます時代の趨勢にかなう、と考えている。
渡瀬さんによると、内向型の特徴は五つ。一つは「口数が少ない」。これは相手の話を聞く態勢ができている、というサインでもある。残る四つは「慎重な性格」「押しが弱い」「人に迷惑をかけるのが嫌い」「相手の気持ちが気になる」。これらはいずれも、客とのトラブルやコンプライアンスに直結するリスクを回避できる利点につながる。