地形の原風景になじむように設計された地球研の建物。環境への配慮が評価され、2007年MIPIMAsia Awards 環境調和部門最優秀賞を受賞(撮影/NeemTree羽田朋美)
地形の原風景になじむように設計された地球研の建物。環境への配慮が評価され、2007年MIPIMAsia Awards 環境調和部門最優秀賞を受賞(撮影/NeemTree羽田朋美)

「持続可能な開発のための実施手段を強化し、グローバル・パートナーシップを活性化する」という目標17がありますよね。世界中の人びとがつながり合って、誰ひとり取り残さないようにというわけですが、それは信頼社会の構築にほかなりません。

 とはいえ、実際には、信頼社会は壊れ始めていますよね。信頼を欠く社会では、契約があらゆる関係のよりどころとなる。先進国と途上国の間に契約に基づく分業体制が確立され、先進国の人びとが欲するものを途上国の人びとに作らせる。契約は先進国に利益をもたらすようにできている。今ある奇妙な契約社会を信頼社会に戻すことこそが、SDGsの目指す究極の目標ではないでしょうか。

 信頼社会を作る原資は社交なのです。人と人をつなぎとめる見えない糸が社交なのです。地球的規模での社交の回復こそがSDGsの本質だと僕は考えます。

 SDGsに欠けているものは何かというと、それは「文化」です。地球研初代所長の日高敏隆先生は、「地球環境問題を解決するのは自然科学ではなく文化である」とおっしゃった。2001年にパリで開催されたユネスコ総会で「文化の多様性に関する世界宣言」が採択されたのですが、その第1条に「生物の多様性が生物にとって重要であるのと同じく、文化の多様性が人間にとって重要である」と書かれています。

 ところが現実に目を向けると、文化の無国籍化、すなわち多様性の喪失が限りなく進行しています。多様な文化によってレジリエンスを高めてきた人類にとって、文化の均一化は陥ってはならない罠だったのです。ですから今求められているのは、文化の個性化、つまり無国籍化してしまった文化の多様性を取り戻し、認め合うことではないでしょうか。

最も深刻な問題はフードロスだと語る山極所長。地産地消や生産者から食材を直接購入する仕組みに活路を見出す(撮影/佐藤佑樹)
最も深刻な問題はフードロスだと語る山極所長。地産地消や生産者から食材を直接購入する仕組みに活路を見出す(撮影/佐藤佑樹)

――最後にご家庭でのSDGsについてお話しください。

 家庭というと食ですね。類人猿と分かれた人間が最初に持った文化装置である食事、つまり食物を分けあって一緒に食べることが、家庭の基本です。お互いの信頼関係を高め、信頼社会を作るための最古の仕組みが食事なのです。食を通じて、人間は集団の規模を大きくしてきたのです。だから、孤食になったりレトルト食品に頼ったりするのは、しがらみを抜け出す自由をもたらすかもしれないけれど、その代償として「信頼」という関係を手放すことになる。

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食事は人間にとって最古の社交