現在は、モリサワのブランドコミュニケーション部広報宣伝課に所属。UDや障害に対する社会の理解を深めるため、セミナーやワークショップも積極的に行う(撮影/岡田晃奈)
現在は、モリサワのブランドコミュニケーション部広報宣伝課に所属。UDや障害に対する社会の理解を深めるため、セミナーやワークショップも積極的に行う(撮影/岡田晃奈)

■美大で書体に興味を抱き憧れのデザイナーに直談判

 高田の上司であり、大手フォントメーカー株式会社モリサワの営業部門シニアディレクター兼東京本社統括を担う田村猛は、「UDデジタル教科書体は、フォントによる社会貢献の一つの方向性を示した」と話す。

「ほぼ全てのフォントが、クリエイターに選ばれるデザインを意識している中で、UDデジタル教科書体は、より多くの子どもたちに読みやすく、学びやすいという機能にこだわって開発されました。読み書きに困難を抱える当事者にヒアリングを行い、実証実験によるエビデンスを基に設計されたフォントは、いまだ類例がありません」

 現在、UDデジタル教科書体は、教科書、教材、辞典のほか、一般書や広告物などさまざまな媒体で採用されている。2017年からWindows10以降のOSに標準搭載されたほか、18年にはキッズデザイン賞審査委員長特別賞を受賞した。

「よく言われることですが、書体は水のようなもの。あまりにも当たり前で普段は意識しないけれど、社会で生きていくためには欠かせません。だからこそ、書体を求める人の声に耳を傾けると、社会のどこに困りごとがあるのか見えてきます」

 幼い頃から、文字に対する感覚は鋭かった。生まれは東京・池袋。父は小中学校の用務員、母は保育士で、二人とも教育熱心で読書家だった。2歳の頃には、牛乳配達をしていた父親におんぶ紐(ひも)で背負われ、バイクで住宅街を走りながら「あ!い!う!え!お!」と五十音の練習をしていた。

 幼い頃の高田について、母親のはつはこう語る。

「裕美は保育園で、よく友達に絵本を読み聞かせしていたんです。そのせいか、同じクラスの子は皆、すぐに平仮名を読めるようになりました」

 気になることは納得のいくまで調べ上げる学者肌でもある。小学校の社会科の授業で「市長さんの仕事を調べよう」という課題が出されたときは、市長に話を聞くため友達を誘って役所を訪ねた。

「疑問を突き詰める性分は父譲りかもしれません。戦前と戦後で社会の価値観が180度変わる経験をした父は、『大人の言うことを鵜呑(うの)みにせず自分で考えなさい』とよく話してくれました。だから子どもだからとか、周りもそうしているからといった理由で指示されるのが昔から苦手なんです」

 書体デザインの仕事を初めて意識したのは大学生のときだ。美術系の高校に進学した高田は、絵本作家を目指して女子美術短期大学に入学。そこでレタリングやロゴ制作、誌面レイアウトといったエディトリアルデザインを学ぶ中で、書体の構造、配置、効果に強く惹(ひ)かれるようになる。

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