疑問が残るなら聞けばいい。高田は専門家の協力を仰ぐため、ロービジョン研究の第一人者である慶應義塾大学教授の中野泰志の研究室を訪ねる。
だが、中野の反応は鈍いものだった。試作したフォントを見せてもアドバイスがもらえない。何がだめなのか。肩を落とす高田に、中野は言った。
「高田さん、僕は“見えている”んですよ。視覚に障害のある方がどのように見えているかなんて、簡単には答えられません。本当に話を聞くべきなのは、困っている当事者の方々ではないですか?」
はっと目が覚めた。それ以降、高田は中野に同行し、特別支援学校や拡大教科書の制作現場、盲導犬の訓練所まで、当事者の話を聞きに回った。
実際の教育現場で見た光景は、予想だにしないものだった。ロービジョンの子どもたちは虫眼鏡や拡大読書器を使いながら、途方もない時間をかけて文字を読み書きしていた。そこで気づいたのが、書体によって読みやすさに違いがあることだ。
教科書に使われている「教科書体」は、筆文字をベースにしており線の太さに強弱がある。ロービジョンの子には、線の細い部分が消えたように見え、文字全体の形が正しく捉えられないのだ。
一方で、線の太さが均一な「ゴシック体」ならばロービジョンでも読みやすい。高田らが試作したUDフォントもゴシック体を採用していた。
「ところが、先生方に試作を見せたところ、『これじゃあ使えないよ』と言われてしまいました」
■UDフォントに心血注ぐも会社売却で開発は頓挫
理由は、ゴシック体の字形にある。例えば、ゴシック体の「山」は、2画目の縦線が下に突き出ているため、本来3画で書くところが4画で書かれているように見える。また、「令」や「心」は字形そのものが教科書体とは異なる。そのため字形や画数、書き順を教えるうえで、子どもたちを混乱させる恐れがあったのだ。
そこで特別支援学校では、驚くことに教員がゴシック体を教科書体の形や画数と同じになるようにホワイトペンで修正したり、ボランティアが教科書の文字を全てフェルトペンで大きく書き直したりして、子どもたちに読み書きを教えていた。
「愕然(がくぜん)としました。学ぶ力も意欲もあるのに、適切な書体がないばかりに子どもたちや先生方に大きな不自由を強いている。書体デザイナーとして、この状況は見過ごせませんでした」
こうして高田は、試作していたUDフォントとは別に、教科書でも使える学習指導要領に準拠したUDフォントの開発に乗り出す。
完成までの道のりは紆余(うよ)曲折の連続だった。
(文中敬称略)
(文・澤田憲)
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