山田さんは昨今の出産事情について「子どもは贅沢(ぜいたく)品なんて言われ方をしますが、お金も含めて、子育て環境が整った人だけが出産できる。一方で、生まれてきた子どもが大切にされていない。どうしたら若い人が出産し、幸せに子育てできるのか。難しいですね」と語る。

弱いところも見せる

 闘病に入る前、雅子さまは9回、記者会見に臨んでいる。誕生日の単独会見が6回、皇太子さまとお二人が3回。その席で公務について尋ねられると、雅子さまは「国際交流」より「子どもたち」のことを語っていた。「難しい状況にある子どもたちに心を寄せていきたい」と繰り返し、「子どもたちの将来のために大人が力を合わせることが大切」などとも述べていた。

 闘病以後、雅子さまは会見を開かず、誕生日には文書を公表している。国内外の出来事、愛子さまの成長、国民への感謝などを生真面目に綴(つづ)る。22年、59歳の誕生日に公表された文書は、それまでと少し違った。結婚したのが29歳と半年にあたる日だったことに触れ、人生のちょうど半分を皇室で過ごしてきた感慨をこう述べた。「たくさんの喜びの時とともに、ときには悲しみの時も経ながら歩んできたことを感じます」

 自らの「悲しみ」を雅子さまが語った。国民への気持ちが「感謝」だけでなく「信頼」になったから、弱いところも見せることができた。そう思った。

「つらいことも多かったからこそ、そのことでご自身が輝くことになる」。4年前の谷川さんの言葉がリフレインする。(コラムニスト・矢部万紀子

AERA 2023年6月12日号

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矢部万紀子

矢部万紀子

矢部万紀子(やべまきこ)/1961年三重県生まれ/横浜育ち。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、宇都宮支局、学芸部を経て「AERA」、経済部、「週刊朝日」に所属。週刊朝日で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長をつとめ、2011年退社。同年シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に(株)ハルメクを退社、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』『美智子さまという奇跡』『雅子さまの笑顔』。

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