撮影/写真映像部・馬場岳人
撮影/写真映像部・馬場岳人

「東京オリンピックのとき、新宿の甲州街道沿いでマラソンを見てたら、アベベが単独で走ってきてねえ。新幹線が開通した日には東京駅に行ったら車内にも入れて、座席に置いてあったパンフレットだけもらってきました」

 それ、沼袋じゃなくて、新宿とかですねって、また笑い合う。昭和の風景の中に暮らす、当時大学生だったOさんがモノクロもしくは日焼けしたカラー写真の中に浮かんだ。するとやにわにOさんが「私はこちらもやっていて」と一枚の名刺を取り出し、「中野区社会福祉協議会」と書いてある。ああ、そういうことか。

 Oさんを紹介してくれたのは、沼袋に2014年から事務所を置いてホームレス状態の人など、生活に困窮する人を支援する「一般社団法人つくろい東京ファンド」(以下、つくろい)のスタッフ、小林美穂子さんだった。

 私が沼袋に深く縁が出来たのは、「つくろい」が沼袋駅から歩いて11分の所で営む「カフェ潮の路」に通うようになったことからだ。不安定なライター生活をバイトで支え、「私はどうしてこんな人生なんだろう?」と悩んでいた頃、元路上暮らしの方と地域の人が同じテーブルを囲んでおしゃべりを楽しむそこへ行くと、人の生き方はそれぞれ、こうあるべきなんてひとつもないと感じられてホッとして元気になれた。

 それで小林さんが「沼袋を書くなら、Oさんに会えば?」と言って、いっしょにお宅を数日前にピンポ~ンしていた。Oさんは社協の一員として、中野区内でフードパントリー(無償の食糧支援相談会)に関わり、小林さんたち「つくろい」も参加しているという。町内会長がフードパントリーを開く社協の人って、それが「これ」じゃないの?と思ったけど、その話はあまりしないまま、「沼袋は道路拡張工事の真っ最中で、商店街がどう変わっていっちゃうんだろうねぇ」と心配そうに言うと、Oさんは店を出て行った。

 残された私は、工事にザワつく「これといったものがない」町をふらふら歩いて、「今もあるおせんべい屋」に入ってみた。「みそせんと、揚げせんと……」1枚60円とか80円。何枚か買うと、店番をする高齢の男性が360円だという。きっかり小銭を出すと男性はレジに360と打ち込んで、消費税が付いて389円になったレシートを私に見せ、「いくら?」と聞くから、「389円になるんですね」と自分で言って、改めて千円を出した。「お釣りはいくら?」と私にまた聞くから、指を総動員して計算し、「611円」と言うと、レジの中からゆっくり釣り銭を出して「合ってる?」とまた聞かれた。合ってると答え、せんべいを受け取って店を出た。私には、こういうやりとりが好ましい。せんべいは手焼きで素朴、今日も明日も食べたい。

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