樹木希林の事務所「夜樹社」のポストカード(写真提供=(株)アン・ヌフ)
樹木希林の事務所「夜樹社」のポストカード(写真提供=(株)アン・ヌフ)

■ひと癖ある役も市井の人の役も

 映画愛を語る岸部だが、テレビドラマでの活躍ぶりも、改めて言及するまでもない。「相棒」には02年のシーズン1から9まで小野田公顕役で出演。「官房長」の呼称は、岸部の代名詞にもなった。

「『相棒』は最初のころはこんなに長く続くとは思わなかった。打ち上げのたびに水谷(豊)さんと『続けるために面白いことをやるのではなくて普通の刑事ドラマではない挑戦ってなんだろう』とか、『いちばん良い時に終わることもあるかもね』なんて話をしてましたね」

 降板したのはなぜ?

「ある時プロデューサーとご飯食べた時にね、『僕、やめようと思う』って、ふっと言葉が出てね。なんでだろう」

 演技派としての地位を固める一方、新進のクリエーターと組んだ仕事では、新たな一面も見せた。

 大滝秀治との掛け合いもシュールなキンチョールや、木村拓哉と共演した富士通FMVのCMを覚えている人も多いだろう。

 三木聡監督の「転々」(07年)は「岸部一徳」として出演。眼鏡屋の前で眼鏡を洗っている岸部一徳を見かけた福原(三浦友和)と文哉(オダギリジョー)の「あの人誰だっけ」「岸部一徳じゃない?」「岸部一徳を街で見かけると良いことがあるんだって」というやりとりがある。

「三浦友和さんはあの作品でキネマ旬報の助演男優賞に選ばれたから、やっぱり良いことあったよね(笑)」

 12年から始まったドラマ「Doctor-X 外科医・大門未知子」の神原晶役では手術代回収時にするスキップも有名になった。同作は7期まで続いている。最近、岸部が出演するドラマは長寿になるという業界内での「新伝説」が生まれたとか。

 ひと癖ある役柄のインパクトが強いが、市井の人の役でも深い印象を残している。

 06年からのNHK朝ドラ「芋たこなんきん」では、田辺聖子がモデルの主人公の祖父で、写真館を営む花岡常太郎を演じた。

 仕事には厳しいが家族には優しく、浄瑠璃などの芸事も好きで温かみのある常太郎。

「僕の父に少し似ていたところもありますね」

 岸部一徳の父、徳之輔は職業軍人で、終戦までは憲兵だった。

「戦争が終わってからは一度も定職に就かなかったですね。探偵の真似ごとをしたり、いろいろやったりしてましたけど。囲碁が好きだったから囲碁道場を開いてみたり。自分はお金がないんだけど、父の勝負に賭ける人がいて、勝つとすき焼きだったり。そういうのをいつもやってましたね」

 岸部ら子どもたちも苦労は多かっただろう。

「どうなんでしょうね。みんな貧乏な時代だからねえ。うちは兄弟も多いんですよ。全部で10人くらいかな」

 岸部はいったい、どんな幼少期を過ごしてきたのだろう。(次号に続く/敬称略)

(本誌・渡部薫)

週刊朝日  2023年6月2日号

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