倉持院長によると、大竹さんのような仕事ができる酒好きが、依存症やそれに近い状態になってしまうケースは珍しくないという。事実、都心に立地する同クリニックの患者は、有名企業の社員や企業経営者など、いわゆるエリート層が大半だ。
倉持院長によると、アルコールは大麻より強力な依存性薬物で、飲み続けると脳に不可逆的な変化が起こり、次第に飲酒をコントロールすることができなくなっていく。単なる「酒好き」だったはずが、その自覚がないまま、依存症へと針が静かに進むのだという。
「酒好きと依存症の距離は、みなさんが思っているよりずっと近いです。アリ地獄を想像してみてください。自分は酒が強いと思っている人は実はアリ地獄の入り口にいます。そして自覚がないままアリ地獄の中を少しずつ落ちていき、気がついたら依存症というどん底から抜けられなくなっているというイメージです」(倉持院長)
「酒好き」が依存症に陥るのは2つのパターンがある。
一つは大竹さんのように、職場内異動や上司からのパワハラ、子どもの親離れなど、外的要因をきっかけにして、一気に酒量が増えてしまうケース。
「例えば単身赴任になり、家族や友人と離れてしまったことで酒量が増えてしまう例があります。これにより依存症の針が進んでしまうので、単身赴任が終わっても飲み方は元には戻りません。パートナーとの不和、子どもの親離れによるさみしさ、親の介護の負担などから酒量が増えてしまう人もいて、これらは女性にも目立ちます」(同)
もう一つは、これというきっかけはなく、年齢とともに飲み方に問題が出てくるケースである。
「30~40代の時はたくさん飲んでも生活のバランスを保てていた人が、50歳くらいで一気に悪化する例が多くあります。生活の中で、家族や趣味などとともに酒が存在していたのに、いつの間にか酒だけに執着するようになってしまうのです」(同)
大竹さんはこのクリニックに通って2年になる。近年では、セリンクロという減酒薬(飲酒量低減薬)も発売されているが、大竹さんは減酒薬の処方は受けずに治療を続けている。