有名企業の社員や企業経営者など「エリート層」にもアルコール依存症は多いという。写真はイメージ(PIXTA)
有名企業の社員や企業経営者など「エリート層」にもアルコール依存症は多いという。写真はイメージ(PIXTA)

「酒好きとアルコール依存症の距離はみなさんが思っているよりずっと近い」。これは依存症の治療に携わる専門医の言葉である。国内の依存症患者とその疑いがある人は約300万人と推計されているが、アルコール依存は自分はそうだと認めたがらない「否認の疾患」とも言われる。有名企業でバリバリ仕事をこなしていた「酒好き」のエリート男性は、まさにそんな一人で、ある出来事をきっかけに依存状態に陥り、家庭が崩壊しかけた。単なる「酒好き」はどうやって依存症に陥っていくのか、男性が取り組んでいる「減酒治療」の現状と共に話を聞いた。

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 東京都内に住む大竹雅也さん(仮名=50代)。有名国立大学を卒業し、大手金融機関で管理職の立場についている。物腰が柔らかく、いかにも知的で落ち着いた雰囲気の男性だ。だが、実は2年前からアルコール依存症の専門医療機関に通院し、「減酒」治療に取り組んでいる。

「職場の仲間が酒好きばかりで、若いころは毎日のように同僚たちとはしご酒をして、『午前さま』もよくありましたね。とにかく楽しくて。酒を飲めば仲間も増えるし、ワイワイ話す中で新たなアイデアが浮かんだり、仕事にいい影響が出ると本気で思っていました」(大竹さん)

 周囲より少し遅い年齢で結婚して子どもができると、飲みに繰り出す回数はさすがに減った。それでも仲間に誘われた日は、店をはしごしてとことん飲んだ。

 どこにでもいそうな陽気な酒好きで、酒を通じた社交が好き。なにより「酒が強い」という自負があり仕事も順調だった。

 だが、転落の時は突然訪れた。

 10年ほど前、会社の別の部署に異動を命じられた。

「なぜ自分をここに? と疑問に思うような、それまで経験したことがない、得意ではない分野の仕事を扱う部署でした」(大竹さん)

 新しい部署の上司はいわゆる昭和世代の「モーレツサラリーマン」タイプで、不慣れな仕事に戸惑う大竹さんを怒鳴るわ罵倒するわ。仕事がうまくいかないうえに、毎日のように続く上司の叱責により心身が疲弊していった。前の部署の仲間とも交流が減り、ストレスを紛らわせるために頼ったのは酒だった。「酒好き」が初めて味わった、暗い酒である。

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國府田英之

國府田英之

1976年生まれ。全国紙の記者を経て2010年からフリーランスに。週刊誌記者やポータルサイトのニュースデスクなどを転々とする。家族の介護で離職し、しばらく無職で過ごしたのち20年秋からAERAdot.記者に。テーマは「社会」。どんなできごとも社会です。

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