「な、なにこれ?」
「昨日生まれたのよ」
「ぐぐええええええええーーーーーーーーーっ!」
僕は看護士さんが飛んでくるぐらい大きな声を出してしまいました。おかんは、ボケてはいなかったのです。
「Kちゃん、これどういうこと?」
Kちゃんはベッドわきの引き出しからいきなり婚姻届を取り出すと、名前を書いてくれと言うのです。すでに「大城」の印鑑も用意してありました。
「これ押したら、帰っていいよ」
僕は言われるままに婚姻届に名前を書いて判を押すと、言われるままに◯病院を後にしました。
外に出て時計を見ると、まだ午前中の10時半でした。Kちゃんと再会してから、たったの30分しかたっていません。そしてこの30分の間に、僕は父親になってしまったのでした。
びびりました。
コンビニで500ミリの缶ビールを4本買って病院の近くにあった公園に行くと、砂場のふちに座ってプルタブを引っ張りました。
「どないしよう。子供なんて生まれてもうたら、引退せないかんのやろな」
僕が真っ先に考えたのは、このことでした。
ひどい父親でした。
しばらくしてKちゃんは、山吹町のマンションに赤ん坊を連れて戻ってきました。
戻ってくるなりスーツを着せられて、写真館に連れていかれました。
「はいお父さん、息子さんの肩に手を当ててください」
パシャッ、パシャッ。
沐浴のやり方なんかも教わりましたけれど、正直言って、僕は人間を育てるということが怖くて怖くて仕方ありませんでした。沐浴中にちょっとでも手を離したら、この子は溺れて死んでしまうのです。
「やばいなー、どないしょう。普通の人間やったら速攻で芸人なんてやめて、就職先とか探すんやろな。やばいなー」
ちょうど同じ頃、僕は人間関係をこじらせてしまったこともあって、父親になったことと人間関係というふたつのストレスを晴らすために、めちゃめちゃ酒を飲むようになってしまいました。一度、他の女の子と遊んでしまったこともありました。