大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)※本の詳細をAmazonで見る
大城文章著『僕の心臓は右にある』(朝日新聞出版)
※本の詳細をAmazonで見る

 そんなある日、下北沢のリバティという劇場で、なべやかんさん主催の「日本まな板ショー」というライブがあって、僕は大トリで出ることになったのです。

 楽屋で準備をしていると、突然、おとんから電話がかかってきました。

「おー、フミか。さっきKちゃんがN君連れて、うちに遊びに来てくれたんや。えらい、嬉しくてな。そうしたら、Kちゃんが『お父さん、お話があるんです』って改まって言うやんか」

 おとんとKちゃんは、とても仲がよかったのです。

「そんでな、『お父さん、離婚届を書いていただけないでしょうか』って言うんや。あんまり何度も言うから、書いたで、離婚届。おまえの名前、代筆した。判子も押しといたからな」
「えーっ」
「フミアキ、あそこまでいったら、今からひっくり返されへんぞ。もう無理やから、一回別れてすっきりし」

 ショックでした。楽屋のみんなに事情を話して、こう言いました。

「いますぐ家に帰りたいんやけど」
「それなら、出番、1番にしましょう。奥さんになんで別れたいのか、ちゃんと理由を聞いた方がいいですよ」

 芸人仲間のひとりが、そう言ってくれました。

 僕はトップバッターに変えてもらってネタを終えると、山吹町のマンションに直行しました。Kちゃんも家に帰っていました。尼崎からトンボ帰りをしていたのです。

 僕はKちゃんの前で土下座をしました。

「もう、いい」

 Kちゃんはそれしか言いませんでした。

 それを聞いて僕は、これは単なるオドシに違いないと思ってしまったのです。会話のない状態はなんとかしなければならないけれど、おとんの話も、離婚の話もただのオドシやと。

 ところがそのあと、Kちゃんが思いがけないことを口にしたのです。

「3日後に立ち退きだから」
「えー、3日後って、なんやそれ?」
「自分の荷物だけまとめて。他の荷物は、私がまとめるから」

 Kちゃんが尼崎からトンボ帰りをしたのは、荷造りのためだったのです。

暮らしとモノ班 for promotion
おうちで気楽にできる!50代からのゆる筋トレグッズ
次のページ
3日後、帰宅するとそこには…