絵:チャンス大城
絵:チャンス大城

「3日後って……仕事入ってるから、荷造りなんかできへんよ」
「そんなら、いいよ」

 Kちゃんは、それ以上口をきいてくれませんでした。

 3日後は、お世話になっている構成作家さんのライブの撮影がある日でした。

 撮影を終えて、半信半疑の気持ちでマンションに帰ってみると、最上階までの電気が全部消えていました。

「あれっ?」

 真っ暗な階段をのぼって3階まで行き、自分の部屋の鍵を開けてみると、薄暗い部屋の中は空っぽでした。

「俺の荷物もないやん」

 僕はKちゃんが僕の荷物も引っ越し先に運んでくれたものと思って、携帯で電話をかけました。でも、Kちゃんは出てくれませんでした。

 僕はどこまでも、甘い人間だったのです。

 部屋から出てあたりを見回すと、廊下の突き当たりにぼーっと何かが見えます。携帯のライトで照らしてみると、それは僕の荷物でした。

「俺、外されたんや」

 別れるのも仕方ありません。

 ようやく事態を理解したとき、階下から大声が響いてきました。

「おーい、まだ誰かいるのかー」

 入り口を封鎖するためにベニヤ板を運んできた、業者のおっちゃんでした。

「あんた、もう、引っ越しの期限、過ぎてるよ」
「僕、嫁に逃げられたんです」
「……」
「いま、荷物降ろしますんで」

 泣きたい気持ちでした。

 でも、おっちゃんは優しい人でした。僕が3階から荷物を降ろすのを手伝ってくれたのです。入り口の脇に荷物を降ろし終えると、おっちゃんが言いました。

「あんた、これからどうすんの。ここで寝んの?」

■会えいない息子

 僕の尊敬する芸人さんに、ヘヴリスギョン岩月さんという人がいます。芸人仲間はみんな、親愛の情を込めて「ヘヴさん」と呼んでいます。

 Kちゃんと離婚してまだ間もない頃、たまたま飯田橋でヘヴさんとご飯を食べたことがありました。

 その近辺には、別れた僕の息子のN君が通っている保育園がありました。ヘヴさんとご飯を食べているうちに、僕はどうしてもN君の顔が見たくて見たくて、どうしょうもなくなってしまいました。

 N君が生まれた時、喜ぶどころか、「これからどうしよう」なんて思ってしまった情けない父親でしたが、でも、やっぱり、自分の子供はかわいいんです。どうしょうもなく、かわいいんです。

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ひと目でいいから、顔が見たい…