西村さんが語るレフェリーの姿は、オーケストラの指揮者に近い。指揮棒の微妙な動きが奏者と呼応し、演奏全体をつくり上げていく。
実はサッカーの試合中、レフェリーは短い言葉のやり取りや細かな動作ですべての選手とつながっている。それによって「試合をまとめ上げていく」と言い、こう続ける。
「ぼくらの所作一つでいろいろな部分が変わってきます。ただ、ピッと笛を吹いているだけのレフェリーではなんの盛り上がりもない。レフェリーの所作で選手の感情も動くからこそ、試合を見ている人たちの気持ちもそこに乗っていく。要は、選手が自ら輝けるようにマネジメントできるかどうか。もしかしたら判定を間違えることがあるかもしれません。ですが、ゲームが終わって、選手のみなさんに『いやあ、楽しかった』、観客のみなさまに『また見たい』と感じていただけたら、そのレフェリーのマネジメントは『〇(まる)』だったのではないか、とぼくは思っています」
どうやら、VARの進化でレフェリーが不要になるか、というのは愚問だったようだ。仮にAIやVARの性能向上によってアシスタントレフェリー(副審)を廃止したら、優れたレフェリーのマネジメントを目にして次世代が育つ土壌そのものが失われてしまうだろう。
■姿を消す名物レフェリー
一方、西村さんは「VARがあることによって、今回のW杯で決定的な違いが生まれた」と感じている。
「VARが入って何が変わったかというと、選手が正々堂々とプレーすることを選択したんですね。VARがなかったときは痛がったり倒れたりと、駆け引きがたくさんあった。でも、今回はつまらないいざこざがほとんどない。どんどんプレーが流れていく。さらに魅力あるプレーが増えていると思います」
インタビューが終わり、別れ際、西村さんは14年W杯ブラジル大会での経験を語り、こう口にした。
「私は最後のアナログ世代のレフェリーです。VARが導入されたことで『名物レフェリー』は少なくなっていくでしょう。サッカーの楽しみ方やサッカー文化も変わっていくのかもしれません」
(AERA dot.編集部・米倉昭仁)