クロアチアに敗れ、惜しくもベスト8入りを逃したものの、日本の健闘がたたえられたサッカーのワールドカップ(W杯)カタール大会。そのハイライトの一つは、強豪国スペインとの戦いで逆転ゴールを決めた田中碧(あお)選手と、それをライン際ぎりぎりでアシストした三笘薫選手のプレーだろう。もし、あのときビデオによる判定、いわゆるVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)がなければ「三笘の1ミリ」は生まれなかったに違いない。テクノロジーの進歩はどうサッカーを変えたのか。過去2回のW杯でレフェリー(主審)を務め、JリーグでVARも担当する西村雄一さんに聞いた。
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「人間の目の限界を超えた、あの『1ミリ』を判定できるレフェリーはいません。でも、過去の大会で、われわれにはそれが求められてきました。もし、あのときVARがなかったらどうなっていたか。レフェリーがどんな決定をしたとしても、必ず批判されたでしょう」
と、西村さんは語る。
西村さんといえば、日本のサッカー界にも審判として大きな功績を残している。2014年 W杯ブラジル大会では開幕戦で主審を務めるなど、審判として高い実績を残した。その経験からも、あの「1ミリ」の意味をこう語る。
「田中選手のゴール後、VAR判定で数分間お待たせしましたが、それを『長いよ』と言う人はいなかったと思います。要はテクノロジーの精度が選手やファンの納得度に直結し、あの『1ミリ』がサッカーを楽しむ語り草としてみなさんの心にずっと残り続けることになった。4年後、8年後、12年後のW杯でも『あのシーンでさ』と、語られる伝説になったと思います」
■「完全にボールが出た映像」があるか
一方、西村さんは、こうも言う。
「私たちレフェリーはあのとき、ボールが何ミリ、ゴールラインに残っていたかについてはそんなに興味はないんです。そもそもフィールドのレフェリーにはVARから数値情報は伝えられませんし、ボール・ライン・アウトのケースでレフェリーがオン・フィールド・レビュー(OFR)で確認することもありません」
あの場面で、VARが証明をしなければならなかったのは、「『ボールがラインに残った』ということではなく、『ボールが完全にラインから出ていた』という映像があるかどうかだった」と言う。