「俺の妹の名前は“梅”だった “堕姫”じゃねえ 酷い名前だ」(妓夫太郎/11巻・第96話「何度生まれ変わっても<前編>」)
その時、妓夫太郎は、妹の“梅”という名前も「酷かったなあ」と言い、死んだ母親の病名=梅毒からつけられたのだと心の中でつぶやく。
しかし、それはまちがっているのではないか。“梅”…これは厳しい寒さが残る、早春に咲く花の名だ。彼女の名前の本当の意味は、「春を告げる花」―孤独にふるえる妓夫太郎に、あたたかさを教えてくれたのは、彼の妹・梅だったのだから。
■妓夫太郎が願った妹の幸せとは?
妓夫太郎は妹だけは幸せになってほしかった。死にぎわに、鬼の姿ではなくなった妹を見て、妓夫太郎はこう言う。
「俺はこっちに行くから お前は反対の方 明るい方へ行け」(妓夫太郎/11巻・第97話「何度生まれ変わっても<後編>」)
梅は泣きながら嫌だと答えた。彼女の願いは、寒い雪の日に、自分を優しく抱きしめてくれた兄と「ともに生きる」ことだったからだ。
「俺たちは二人なら最強だ 寒いのも腹ペコなのも 全然へっちゃら 約束する ずっと一緒だ 絶対離れない ほらもう何も怖くないだろ?」(妓夫太郎/11巻・第97話「何度生まれ変わっても<後編>」)
彼らは救われたのだろうか。妓夫太郎が求めた光を、春を、2人を包む雪の厳しさとはかなさを、劇場で見届けたい。
◎植朗子(うえ・あきこ)
1977年生まれ。現在、神戸大学国際文化学研究推進センター研究員。専門は伝承文学、神話学、比較民俗学。著書に『「ドイツ伝説集」のコスモロジー ―配列・エレメント・モティーフ―』、共著に『「神話」を近現代に問う』、『はじまりが見える世界の神話』がある。AERAdot.の連載をまとめた「鬼滅夜話」(扶桑社)が好評発売中。