「ショートのことは忘れます」
ところが、フリーの本番中も「ショートを忘れよう」という自らの言葉が頭の中で繰り返される。演技に集中しなければならないのに、心が空っぽになってジャンプを次々とミス。フリーは3位だった。
「自分が言った言葉は耳に残る。『ショートを忘れて』という言葉自体がショートのことを気にしていて、ショートにとらわれていた。『フリーに集中しよう』と言うべきだった」
同じことを言うにしても、裏と表、どちらの言葉を使うのか。その判断が演技に大きく影響することを痛感した。
コーチのオーサーとのタッグも、羽生の言葉の効果をいい意味で最大化するのに一役買った。
12年12月のグランプリ(GP)ファイナルは、1年2カ月後にソチ五輪が行われる会場での試験大会でもあった。五輪の舞台となるリンクを目にした興奮からか、羽生はこう宣言した。
「僕、ソチ五輪で金メダルを取ります。そして平昌五輪でも金を取ります」
例の「大きなことを言ってグワッ」だ。それを知っていたオーサーは言った。
「それはグッドアイデアだ」
二人が、1年2カ月後のソチ五輪だけではなく、その後の平昌五輪に向けた強い情熱を確認しあった瞬間だった。(ライター・野口美恵)
※AERA 2018年3月26日号より抜粋