管理組合はそうした業者に、所有権の売り渡し請求ができる「マンション建て替え円滑化法」の適用を検討した。しかし、別の懸念材料が出てきた。円滑化法の枠組みでは、所有権を「時価」で買い取らねばならず、事業収支の悪化が危惧されたのだ。所有権の買い取り費用が膨らめば、採算割れしてしまう。これでは商売にならないと、公社とディベロッパーは撤退した。

「時価っていったい何なんやと。法律には、詳しいことは書かれていませんでした」(同)

●抵当権抹消を個別交渉

 ようやく採算のめどは立ったが、まだ骨の折れる作業が残っていた。残債整理だ。住宅ローンなどで抵当権が付けられた物件がかなりあった。裁判が長引き、住民のほとんどは生活の拠点をほかに移していた。建て替えたマンションに入居するなら、円滑化法によりローンを完済する必要はないが、入居せず権利を売却する場合は、抵当権を抹消しなければならない。

地震直後は銀行も協力的だったが、10年も経つとハードルが高くなっていた」(同)

 野崎さんは住民に代わり、抵当権の抹消を保証会社と個別に交渉した。返済能力を証明することで月々の返済額を減らせるケースもあったが、やむなく自己破産を選んだ人もいたという。

 最後の難関は、立ち退かず、一人で住み続けていた女性だ。すでに70歳を超えていた。市に相談し、転出先として市営住宅を提案した。女性が去ったのは、代執行予定日の早朝だった。

「表向きの仕組みはあるが、合意形成はやはり簡単ではない」

 と振り返る野崎さん。ようやく10年に建て替えを完了させた経験を踏まえ、こう助言する。

「総会後に年1回は飲み会を開くなど、住民間にゆるいつながりがあったほうが、何かあったときは話が早い。築40年を過ぎたら、マンションの『生涯』について意識し、勉強会を開き、50年を超えたらいつまで延命するか考えるべきでしょう」

●「既存不適格」に注意

 阪神・淡路大震災を教訓に法整備が進み、マンションの建て替え要件は緩和された。とはいえ、一定の合意形成は不可欠。それを左右する大きな要因の一つが、「お金」だ。

 理想的なのは、建て替えて戸数を増やし、新たに分譲することで、建設費などを賄う方法だ。住民の自己負担がゼロか少額で建て替えられるので、合意形成もしやすい。だが、それは容易ではないと指摘するのは、明治大学理工学部特任教授で、建築事務所アークブレイン代表の田村誠邦さんだ。

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