「負担なしで建て替えられるというのは昔の話。容積率が3倍に増やせるなら話は別ですが、いま都市部でそんな好条件の物件は極めて少ない」
建設当初は高さ、日影、容積率などの規制が緩やかだったため、現在は同じ条件で建てられない「既存不適格」の物件が、都市には少なくない。戸数や床面積を増やすどころか、減らさざるをえないのだ。さらに、最近は建設費も高騰している。
「坪1千万円で売れるなら話は別ですが、それは例外中の例外でしょう」(田村さん)
ならば、建て替えより費用がかからない大規模修繕時の改修により耐震性を確保する方法はどうか。
「修繕積立金の範囲内で収まるならいいが、それを超えるとなれば実現はかなり難しくなります」(同)
まずは建物の耐震診断を受ける必要があるが、その結果によっては資産価値が下がるため、診断さえ拒む住民も少なくない。仮に一定の合意が形成できたとしても、反対者が「絶対にお金を出せない」と主張した場合、そのぶんの費用をどう工面するのか。決議後に計画が頓挫した物件もあるという。
「お金の問題はシビアです。収入の少ない高齢者もいますから。こうすれば必ずうまくいくという正解はありません」(同)
●街づくりの手法で再生
大規模団地などでは、再開発などにより地域と一体で建て替えにこぎつけた例もある。阿佐ケ谷住宅(東京都杉並区)の建て替え事業もその一つ。行政と住民が連携しながら街づくりを進める「地区計画」の手法を取り入れた。
事業主の野村不動産の担当者はこう話す。
「行政手続きが必要になるので、手間はかかりましたが、権利者全員の合意が得られました。企業の社会的責任として、老朽化マンションの問題に積極的に取り組みたい」
阿佐ケ谷住宅は58年、日本住宅公団(現・都市再生機構)が分譲した計350戸の大規模団地。阪神・淡路大震災を機に建て替えを検討し、03年から野村不動産が参画した。すでに老朽化とともに空き家が増え、敷地内では痴漢騒ぎやレアメタルを狙ったエアコン室外機の窃盗なども起きていた。
「230戸は法人が社宅などとして所有していましたが、耐震性に問題があると社宅として使えず、貸すこともできませんでした」(野村不動産の担当者)
入り組んでいた公道も付け替え、容積率を効率的に利用できるよう、建物を配置した。地区計画の制度を活用することで、高さ制限を10~12メートルから20メートルに緩和し、最高6階建てにできた。住民の自己負担はほとんどなしで、建て替えが可能になった。
地区計画は街づくりのルールなので、周辺住民の理解も不可欠だ。当初は高さ制限緩和が反発を招き、年20回ほど説明会を開催して説得した。緑を残してほしいという要望も採り入れ、サルスベリなどの古い木は移植する。もうすぐ完成予定だ。(編集部・鎌田倫子、作田裕史)
※AERA 2016年9月5日号