予想より早く、ペットに介護が必要になることもある。それでも、働く飼い主は工夫をして世話に力を尽くす。転職や転居、プロの手、施設を活用しながら……。(ライター・臼井京音)
車椅子をつけて海辺の公園を走る、11歳になるノーリッチ・テリアのニコを見て、多くの人が声をかける。
「がんばれ~!」
「走るの速いね」
同じIT関連会社で働く向井恵作さん(37)、伊知子さん(47)夫妻の愛犬であるニコに、脊髄の内部にできる腫瘍が見つかったのは、4年前だ。
「前日まで元気だったのに、急に下半身に力が入らない様子で顔をゆがめて痛がりだしたので、びっくりしました。動物病院で詳しく調べた結果、腫瘍が神経を圧迫して麻痺が生じているとのことでした」
余命3カ月と宣告され、あまりにつらそうだったため、安楽死させるかどうかまで話し合った。その後、とにかく痛みをやわらげるのを最優先と考え、定期的に鎮痛剤を投与する看病を始めた。
「電車で1時間弱の職場まで、不安げなニコを置いて出勤するのは、本当につらい。何かあってもすぐに駆けつけられないので、会社を辞めようかと悩みました。でも、夫が、鎮痛剤が自動的に出てくる装置を自作してくれたおかげで、なんとか会社は続けられた」(伊知子さん)
●スカイプで容体を確認
ニコが薬を飲んだか、容体に異変がないかどうかは、会社からスカイプを経由して休憩時間に映像で確認した。
結局、ニコは8軒目の動物病院で腫瘍を摘出。数年間は歩けるようにもなり、余命宣告も取り消された。それでも再発のおそれがあったため、向井さん夫妻は仕事と介護の両立を目指し、会社から徒歩圏内に引っ越した。
その1年後、再び腫瘍が見つかり、2度目の手術に。もう後脚にはほとんど力が入らないニコは、自宅では前脚だけで歩き、散歩時は犬用車椅子をつけるという生活を送っている。
「引っ越して、気持ちが本当に楽になりました。容体が急変したら駆けつけられるという安心感ができましたから。ニコが不調のときは、昼休みにダッシュで会社から帰宅して介護をすることもあります」(伊知子さん)
ペットの介護をきっかけに、退職に追い込まれ、起業を経験した人もいる。
「まさか、愛犬が3歳のときから介護が必要になり、会社を辞めることになるなんて夢にも思っていませんでした」
と語るのは、菅原奈美さん(51)だ。
6年前のある夜、フレンチ・ブルドッグのカブが、悲鳴をあげて失神した姿を目の当たりにした夫の芳明さん(48)は、頭が真っ白になったという。菅原夫妻には当時、犬が椎間板ヘルニアにかかるという知識すらなかった。口こう吻ふんの短い犬種は麻酔のリスクも高いと言われ、手術中は愛犬の死すら覚悟した。
「結局、もう歩けなくなりましたが、椎間板ヘルニアを切除する手術が無事に終わり、痛みがなくなって生きて戻ってきてくれただけでも良かった」
●肩の荷が下りたような
しかし、退院後から始めた介護のため、奈美さんは当時勤めていた化粧品会社を退職した。自分の力で排尿ができないカブのために、1日に3~5回、尿道を圧迫して排尿をさせる必要があるからだ。