「お線香がなかったので『スーパーに行ってくる』と出ようとしたら、居間でテレビを見ながらソファで横になってビールを飲んでいた夫が『なんで用意してないんだ』と怒鳴ったのです。それでスイッチが入ってしまいました」
一日中家にいる夫は相変わらず上から目線だった。渡辺さんは、そのまま電車に乗って終点の新宿で降り、ビジネスホテルに泊まった。
「翌朝、清々しい気分で目が覚めました。これまで離婚するなら準備万全にと思っていましたが、家出してみたら、解放されました。翌日にはウィークリーマンションに引っ越しました」
息子も離婚の意思を受け入れてくれた。しかも夫の留守を見計らって渡辺さんの荷物をマンションに届けてくれたという。だが、弁護士から連絡をもらった夫は、モラハラを否定し、「オレのどこが悪かったんだ」と納得しないという。
前述の「離婚110番」の澁川氏は「妻が離婚を申し出てから、夫が気づくことが圧倒的に多いんです」と、その原因を手厳しく指摘する。
「夫は妻が自分のことを理解してくれるのは当然だと思っているのです。だから『仕事で忙しいのはわかるよね』とか『子育ては君の仕事だよ、わかるよね』とか、『わかるよね』を連発する。それが上から目線だということに気がついていないのです。妻が離婚を申し出て初めて妻が長年耐え続けていたことを知るケースが多い」
だがわかった時はすでに手遅れだ。離婚を拒否する夫は修復を図りたいと弁護士に相談。3回までは頑として意見を曲げなかったが、5回、6回と相談するうちに、あきらめの境地となって、離婚を受け入れていった。(作家・夏目かをる)
【後編『“家族だから”という期待が怨念に ふらっと「家出離婚」が増える理由』に続く】
※週刊朝日 2020年3月13日号より抜粋